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アーカイブ "2026年04月"

3月の最後の土曜日、北摂歌会のみなさんと吟行に出かけました。京都市動物園。
その報告はまた「方舟」や「歌会記」として誌面に載ります。

次のつぎの日曜午後と言い合わす大人ばかりで行く動物園/石本照子『山法師』

今回は日曜ではなくて土曜。大人ばかり。
参加者のそれぞれの作品は、夏頃には概ね発表されるのではないかと思います。お読みいただければありがたいことです。
ここでは、動物園を題材になっている作品をいくつか。

動物園寂(じゃく)として暑し檻ならぬ切符売場に切符売る女(ひと)/高安国世『虚像の鳩』

まず、切符を買わなければなりません。切符は、今は券売機。ただ、ここの券売機はいささか反応が鈍く、タッチパネルを〈げんこつ〉で軽く叩かなければならない状態。何とかしてほしいものです。

水浴びの象の嬉々たる遊びぶり共感す子供も子供の父も/内藤定一『鳥の国より』

ばっしゃーん とゾウが水に入れば、これはもうホモサピエンスの歓声があがります。

群れながら女の湯浴みするやうな王子動物園フラミンゴの池/石原安藝子『モナリザの声』

ここの動物園のフラミンゴのなかの最高齢は60歳を超えているとか。飼育下ではけっこう長生きするとはいえ、なかなか。ずっとここにいるのか……と思いを寄せる人もいらっしゃいました。
面白いのは、鏡があること。数の多い群れで生活する鳥なので、鏡で数が多く見えるようにしているのだとか。
なんだか、鏡があるということも大浴場のようです。

吾子がゆく動物園の春の雨傘かぶりわれもゆかましものを/三ヶ島葭子『三ヶ島葭子全歌集』
癒えむ日は動物園に伴(つ)れなむと兒に言ふ妻を疑はざりし/鈴江幸太郎『海風』
迦陵頻伽の声におびゆるおさな児は在りし世に動物園を知らない/澤辺元一『燎火』

動物園の歌を探していると、寂しい歌、悲しい歌もけっこう出てきます。
病気のために娘(倉片みなみ)といっしょに動物園へゆけない三ヶ島葭子、病没した妻の最後の日々を思う鈴江幸太郎。
そして澤辺元一の亡き子を偲ぶ歌。幼くして亡くなったので動物園へ連れて行くこともなかった。


動物園といえば、この歌。

動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや/伊藤一彦『月語抄』

しばし鶴のところで、表情を窺ってしまいました。

佐佐木幸綱『群黎』冒頭「動物園抄」も忘れがたい作品群です。その末尾

荒々しき心を朝の海とせよ海豹(あざらし)の自由いま夢の中/佐佐木幸綱『群黎』
                 自由を与えないで下さい 〈出口なし〉

注釈のように「自由を与えないで下さい」「〈出口なし〉」がつく作品。
ちゃんと出口があって帰ってくることができました。

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