網のつなぎめ
「天網」というのは、悪人や悪事をのがさないように、天が張りめぐらした網のことで「老子」に出て来るが、近年ではこれを「インターネット網」のこととして言及されることもあるが……と思いながら、坂井修一さんの子の作品も、既に20年以上前のものだったのかと、すこし感慨深い。
英雄の尿(いばり)のごとくかがやくは天網かはたインターネット/坂井修一『スピリチュアル』
デジタルの、しかもどこでも接続できる携帯電話であったり無線LANであったりというのが当たり前になってきたが、それ以前の、通信手段といえば「電話」であった。ふだんの生活と関係するのは公衆回線網であり、同じしくみで通信経路を固定した専用線上に、役所や銀行のシステムが構築され、テレビ局の中継通信なども行われた。
市内の電話回線は電柱にかけた電線。中・長距離はマイクロ回線。
太い網のつなぎ目が鉄塔(のある建物の中の設備)。細かい網は町の中の電柱を張り渡した電線の束で、ところどころに電線を繋ぎ合わせるボックスなどが吊られていた。
マイクロ回線というのは、無線。無線というと、どこでもつながるような印象があるけれど、大容量の通信を行うためには、基本はパラボラアンテナとパラボラアンテナが対向する必要があるから通信経路は直線。その直線を中継局で中継してゆくことになる。
電話局には大きな鉄塔が立って、その上に所せましと巨大なパラボラアンテナが、あちらこちらを向いていたのだ。
こういう鉄塔があることが、役所か電話局の目印のようでもあった。
いま、高速・大容量の回線は、ほとんどが地上(といっても、たいてい地下だが)光ファイバーによるものとなった。だから鉄塔の上のパラボラアンテナもおおかた撤去されて、携帯電話網のための鉄塔と化しているものが多い。
*
ところで、電話網や電話局の作品を拾っていたら、こういうものも見付けた。1962年の歌集。
窓透きて立つ電話局夜のふけを自動交換の灯が点滅す/高安国世『街上』
電話回線網の草創期は、人手による接続。電話交換手(多くは若い女性)に口頭で呼び出し先を告げてつないでもらうしくみ。これが日本では関東大震災以降、大都市の市内回線が自働交換機に置き換えられてゆく。
自動交換機もいくつか世代があるようだが、市外通話も含めて自動交換機による接続が完了するのは1970年代の後半だという。
「自動交換」などというところに関心がゆくのは、まだ新鮮なことだったのだろう。
それと、こういった機械の稼働が、窓から(ブラインド越しに?)見えるというのは、長閑な時代だったのだとも思う。
通信網のような重要なインフラは、耐震性のある建物の、窓のない部屋や地下室で厳重に運用されていて、こんなふうに目に触れることはほとんどない。
*
「老子」のそれは理念としてのそれ。だが、情報網をいかにかいくぐるかということが地上勢力の「戦場」にもなるし、秩序を保たなければいけない立場にしてみたら、監視しなければならない、という考え方も出て来るものだ。是非や効果は別問題だが。