大岡信と大岡博(北辻)
北辻一展です。
沼津から1駅行くと三島という町に着きます。
沼津は出先機関などが多い印象ですが、三島は三嶋大社の門前町であり、新幹線の駅、工場の町でもあります。二つの都市が隣り合うのに雰囲気がまったく異なり、どちらも特色のある繁華街を有しています。
私にとって三島出身といえば大岡信です。彼の詩が印象深いのはもちろんですが、折々のうた、私の万葉集など愛読書も多くあります。
そして、彼の父は歌人 大岡博でした。窪田空穂を師と仰ぎ、人間性豊かな歌を詠みました。また、社会詠・時事詠も独自の視点があり、子を詠んだ歌も興味深いです。
子が拓く一人の道を見守りて見ぬごとく来ぬ距離おきて我
大岡博『春の鷺』
教師であった彼は三人の子を愛し、特に、信にスパルタ式の教育をしたそうで、そのような環境が大詩人 大岡信を生んだのかもしれません。晩年の歌ですが、父として、そして教師としての態度がよく表れています。
大岡信は、父の亡き後、『大岡博全歌集』を編集・刊行し、十八歳の頃に出した私家集『白萩』を収めました。父の歌の全容を残したいとする息子の尊敬の念が感じられます。
大岡信生家近くに奈良橋という小さな橋があり、信は「三島町奈良橋回想」という詩を残しています。
観世流の謡(うたひ)をうなつてゐた父ちやんも、
暗いうちからお釜をしやかしやか炊(かし)いでくれた
母ちやんも、この水が 誇りだつた。夢の中でも 伸びた藻草がゆらゆら揺れて、
坊やはやがて この奥の 水の都へ帰つて来るのさ、
ゆらゆらと頬笑んで 手招きしてゐた。
(一部抜粋)
奈良橋から川の藻草を見ながら、ありし日の親子の姿に思いを馳せました。