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アーカイブ "2022年"

GWも終わりましたが、気候はなんだかまだ落ち着きません。
「もう半袖中心でもいいか!」と思ったら、急に寒くなって半纏を出してきたりして、着るものにも迷います。

そろそろ5月号が届きはじめる頃かと思いますが(特集は「豊穣祭」!)
写真は4月号の末尾です。

このように、4月号には詠草用紙が2枚綴じ込まれていたと思いますが、これは「2枚入っていた人は当たり!」ではありません。
どの会員にももれなく2枚入っています。

この2枚目は「予備の詠草用紙」です。
詠草用紙に書き損じたり、紛失したり、経験のある会員も多いのではないかと思います。
また、月によっては、その号の到着を待っていては、詠草の提出に間に合わないタイミングになってしまうこともあります。
(前回のブログで書いたように、今は従前よりも早めに投函していただく必要がありますし。)
そのような時に備えて、1枚は予備を持っていただけるように、毎年4月号には2枚綴じ込んでいます。
どうぞ有効に活用してください。

そして改めてのお願いですが、毎月の詠草の提出サイクルは
「その号の到着を待たなくても投函できる」
ように、各自で設定するようにしてください。

詠草用紙については、上記に加えて販売もしています。
(「塔の便利帳」Q&A.11をご参照ください)
また、ホームページ右上の「詠草用紙」からダウンロードもできます。
この場合には、お手持ちのプリンターで印刷後「キリトリ」線で切断して用いてください。
これは、綴じ込みの詠草用紙を大きさを揃えるために必要になります。
(大きさが揃っていないと、選歌、校正等の場でとても面倒くさくて大変なことになるのです)

なんだか「お願い・小言チック」な投稿ばかりになってしまい、すいません。
ですが、「塔」の円滑な発行のために必要なことですので、時々は注意喚起いたします。
みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

昨年の10月に 【土曜配達が廃止】詠草の投函 今までよりも早めに! という記事を書きました。
おかげさまで、10月以降も、20日までに到着するように詠草を投函してくださっている会員が大多数のようです。

しかし、今でも21日以降に詠草が届くケースが散見される旨、受付担当者から報告を受けています。
土曜日の普通郵便の配達が廃止された影響もさることながら、普通郵便の到着までにかかる日数そのものが、従前よりも増えて(遅く)なっていることが大きな要因のようです。
中には、消印の日から1週間以上かかって到着した例があったそうです。

そこで、これを読んでくださっている塔の会員の方へ、改めてお願いです。

・土曜日と日曜日(と祝日)は配達されないことを
 念頭に置いてください。

 特に 19日が土曜日、20日が日曜日の月(例 2022年11月)
    20日が土曜日、21日が日曜日の月(例 2022年8月)
 は要注意です。
 前者は18日(金)必着、後者は19日(金)必着になります。

・「普通郵便は日数がかかる」前提で、早めに投函してください。
 日本郵便のHPでも、かかる日数の目安が調べられます。
 しかし、天候や物流の状況によっては、
 それ以上の日数がかかることもありますので、
 余りぎりぎりにならないようにお気をつけください。

・速達は厳禁です。
 普通郵便で〈20日必着〉になるよう、
 予め逆算して投函するようにしてください。

詠草受付担当者、及び編集の負担をできるだけ減らし、毎月の「塔」の発行がスムーズに行えるよう、みなさまのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。


写真は本文とは全く関係ありませんが、先日作ってみたマスクピアスです。
紫陽花と薔薇。
小さな強力マグネットで挟むようにしています。

我家の夏柑の木に、今花が満開。窓を開けると
かぐわしい花の香りも漂ってきます。

  木に花咲き君わが妻とならむ日の四月なかなか遠くもあるかな
             前田夕暮『収穫』

短歌を始めたばかりの頃、この歌を知りました。当時の私はすでに
二十代後半、結婚後でしたから、恋の歌をリアルタイムで詠めない、
とすごく残念に思ったことでした。
それでもほかの作者の恋の歌を読むたびに胸が震え、
自分の当時の思いを胸に呼び戻せる、ということはなんて
素敵なんだろう、と思いました。それはもちろん、今でも!

 くちびるに触れるあたりをつと触れて盃ふたつ買う陶器市
              toron*『イマジナシオン』

恋については一言も触れていないのに、凄い「恋」感、にむ~、
と唸らされた作品です。

次に、恋の歌を詠むには出遅れちゃった、と思われている方々の、
きっと、これからの励みになるであろう作品を。

 うすずみのゆめの中なるさくら花あるいはうつつよりも匂ふを
 恋よりもあくがれふかくありにしと告ぐべき 吟(さまよ)へる風の一族
               斎藤史『ひたくれなゐ』

首都圏のある駅の構内、改札近くの写真です。
私は最初に、写真の中央に写っている、紙箱に
眼が止まりました。あれ、これは何? 要らなくなった
切符を投げ入れるため? まさかね・・・。

そして少し上を見上げて、納得しました。
天井近くの突起物の上に、燕が巣を作って
いるのです。耳を澄ますと、子燕らしいぴちょぴちょ、
とせわしい鳴き声も聞こえます。

利用者に「落とし物」がかからないように、駅員さんが
箱を張り付けてくれているのですね。ああ、いいなあ、
と思い、写真を撮ってしまいました。そういえば多くの
乗降客の頭上を燕が往来しているのを見たことがあり、
この駅の構内は、意外と東西に長いのに、こんなところまで
餌を捜しに来るのか、と思っていたのですが、餌を
やりに来ていたのですね。見えない子燕の姿をしばし
想像しました。

  梅雨晴れの二階の店で飲茶するツバメの親子と同じ高さで
              橋本恵美『のらねこ地図』

先回のブログでグランマ・モーゼスについて
ご紹介しましたが、その展示が行われた世田谷美術館の
最寄り駅は田園都市線の用賀です。そこからバスが出て
いるのですが、あまり本数は多くなく。駅で降りると
ちょうど出た後。徒歩18分ほどと聞いていたので
歩いていくことにしたのです。すると・・・。


             
美術館のある砧公園まで、用賀いらか道、という
遊歩道が続いていて、その道に、なんと百人一首が
彫ってあったのでした。面白い、と思い撮影することに。
でも結構人通りもあり、建物や木々の影が写り込んだり、
なかなか綺麗には撮れなかったのですが。

ちょっと優雅でしょう。そうこうするうちに、砧公園に着く
というわけなのでした。皆様も機会があれば一度
お出掛けください。お次は二か月前の砧公園の様子。
まだみんな裸木だったんですね。

グランマ・モーゼス(モーゼスおばあちゃん)との愛称で
知られる画家アンナ・モーゼスについて初めて知ったのは、
1980年代半ば、滞米中に通っていた図書館の画集を見たとき。
当時、日本ではあまり知られていなかったでしょう。
美しい色彩、そして素朴なアメリカの暮らしそのままが
丁寧に描き出されていて、心惹かれたのでした。

あれからずっと、まとまった作品を見ることなく、気には
かかっていたのですが、ようやく日本でみることができました。
二カ月余り前、東京世田谷美術館で。

彼女は、七十代半ばから本格的に絵を描き始めるまで、普通の
農家の婦人だったのです。関節炎が悪化して好きな刺繍が
できなくなり、やむを得ず絵に転向。やがてNYのコレクターに
見出されるのですが、その時はすでに78歳になっていたそうな。

そして百歳まで現役で絵を描きつづけるのですから、高齢者活躍時代を
先取りするような人生だったのですね!でも、ほとんどが記憶を頼りに
描いた絵だそうなので、とびっきり記憶力の良い方だったのでしょう。
砂糖楓の樹液から砂糖を作る作業を描いた絵もあり、バーモント州で
の楓糖が有名ですが、彼女が暮らしたNY州でも行われていたのだ、と
この絵から知りました。

  搬ぶ人、煮詰める人ゐてうごきだす「砂糖作り」(シュガリング・オフ)
  の絵の冬景色      遠藤たか子「短歌研究四月号より」

三年ほど前の五月、高尾の林道を歩いていた折、
足元にみつけたこの白い蝶、いや、蛾。調べてみると
キアシドクガ。毒蛾とは名だけで、毒はないとのことです。

初夏の頃に大発生するらしいです。この日に見かけたのは
一匹だけで、しかももう息絶えているようでしたが。
小さな生き物が、ひっそりとしていると、わけもわからず
遠い日のことが思い出されたりして、ちょっと切ない。

 少年期のわが虐待を逃れ来し蝶かも知れずこの襤褸の蝶
             荻原裕幸『甘藍派宣言』

高尾は新緑の美しい季節を迎えているはず。
コロナ以前は、多くの観光客などで賑わっていた駅前。
早く、かつての日常が戻ってほしいですよね。

ロシアのウクライナへの侵攻が始まって二カ月。
二十一世紀に入って二十年以上も後に、このような軍事進攻が
起きるとは・・・。驚き、その惨状には目を覆うばかり。
ウクライナの人々が面している窮状に胸が痛み、
そして遠い戦争が世界にもたらす様々な影響にも思いを馳せました。

ロシアは、世界一の小麦輸出国(すべて2019年時の資料による)。
ウクライナは世界五位。一方、日本は世界第八位の小麦輸入国。
日本以上に小麦を輸入している国が七か国にも及ぶことに驚き、
その第二位に、小麦の故里ともいえそうなエジプトが入っている
ことに、さらに驚く。そして一位の国を見て・・・。
むむむ、そうか、そうだろうなあ、と私はあまり驚かなかった。
1096万トン以上もの輸入量は、日本の533万トンの倍以上。
世界最大の輸入国は、インドネシアなのである。
お米の国のイメージだったけれども・・・。

写真は、十年余り前に訪れた、ジョクジャカルタの市内での写真。
これがインドネシア! と驚く人もおられるはず。市内に展開する
パンのチェーン店、Bread Talkでは、様々のパンが並び、一日中、
トングを手にパンを選ぶ人で溢れていました。小麦を多く国外に頼る
アジアの国々では、今回の戦争は、大きな経済的痛手になるはず。
「小麦がないなら、お米をたべればいいじゃないか」ですが・・・。

パンの文化がかなり浸透してしまっていて、難しいかも。
ちなみに、これって、アンパンマンのパクリ? と思われる商品も。

戦から胃袋、って真中さん流の頭韻を踏んでみたけれど。
この戦争を機に、遠い小麦の国へ思いを馳せた方は多かったようです。
  向日葵と小麦の大地に春近し銃を持つ手に種は播けない
              加藤宙(22.4.24朝日歌壇より)

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