みなさん、こんばんは。鈴木晴香です。
浅草の三筋町なるおもひでもうたかたの如や過ぎゆく光の如や/斎藤茂吉
明治29年、当時15歳の斎藤茂吉は山形から上京し、浅草区東三筋町の養父の元に寄寓しました。
この場所が私の故郷から近いことを知り、先日訪ねてみました。
歌碑が建てられている場所は、現在はみすじ保育園の園庭。
許可をいただいて、近くで見せてもらいました。
周りに植木鉢がいっぱい置かれていて、
もしかして雑に扱われているのかなと思ったけれど、
そうじゃないんだ。
春になるときっとこの歌碑が色鮮やかな花に取り囲まれるんですね。
はるかなる国とおもふに狭間(はざま)には木精(こだま)おこしてゐる童子(どうじ)あり/斎藤茂吉『遍歴』
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