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   春、木瓜の花が咲く。我が家の隣にあるマンションの小さな花壇にぽってりとした花がいくつか咲く。出勤、帰宅時などに赤い花が塀の隙間から見える。

 冬、我が家の向かいの古い瓦の家の垣根に山茶花が白い花を咲かせる。
その家の玄関の小さな階段に、道いっぱいに白い花びらは散り、敷き詰められる。            月の夜はその花が白くほのかに光ってそれはなんだかとても無残である。

 この家に住んで20年以上になるが、そんなふうに花を見るようになったのは短歌を始めてからである。短歌を始める前は、ああ花が咲いているなあと思うくらいで、草花に疎いわたしはそれが木瓜なのか山茶花なのかさえ知らなかった。というより興味がなかった。短歌を初めて、気がつけばそこにそれらの花があった。木瓜も山茶花も季節が来るたび歌にしている。同じ場所の同じ花を詠うのでどうしても同じような歌にはなってしまうが、それでもその花をみれば詠ってしまう。

 数年前、古い友人の墓参りをした。亡くなってからもう32年、三十三回忌の年になる。居間に飾られたあの頃の彼の写真の下でお母様と語しながら、その背中の窓に白い花を咲かせる大きな木に気づいた。「あれはなんの花ですか?」「ヤマボウシです」との答え。「ヤマボウシですか」と繰り返しながら、心の中にもヤマボウシと繰り返した。ヤマボウシの花は6月~7月の初夏に咲く。彼が亡くなったのは冬の季節だった。だから、いつも墓参りに來る閑散とした冬枯れの季節のイメージしかなかった。ヤマボウシの咲く季節に訪ねることができてよかったと思った。

木瓜の花見たしと思ふ三日後に空家の庭の緋木瓜見てをり                           花山多佳子『木立ダリヤ』

追伸:早く書いてアップしようと思っていたら時間が経ってしまい、木瓜の花はほとんど落ちてしまった。いまはツツジが咲いている。

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