ブログ

覚えてもらう必要があることを短歌形式にすることがある。古くは「釈教歌」とか「神祇」の類。
近代以降でも宗教指導者が夥しい短歌をつくっていたりすることもある。
あるいはまた志述。幕末の志士であったり、左派的な社会運動の中で詠まれる歌とか。

もうすこし実用的な場面で、標語の類は、だいたい575形式とか短めのものが求められるが、内容が込み入ってくると、短歌形式が選択される場面がある。

最近読んでちょっと面白かったのが近世の本草学における「食物本草要歌」というもの。畑有紀氏の論文「和歌形式の食物本草書の変遷――『永代重宝記宝蔵』所収「食物本草要歌」翻刻と解題――」(食文化研究 No.17, 2021)に翻刻がまとめてあって、それを読む。

にんじんはあさ夕しよくし益ぞある五さうおぎなふものとしるべし

かな書きが多く、仮名遣いも明治以降の標準的な書き方でないが、畑氏の注記も参考に改めれば「人参は朝夕食し益ぞある五臓補ふものと知るべし」。人参に栄養があることは当然だが、朝夕食うというほどによいものなのか。
写真は冷蔵庫にあったもの。いまの時期、鹿児島からの入荷が多いらしい。

覆盆子(いちご)平あまくどくなしひいによし女しよくしてくはひにんとなる

「苺平甘く毒なし脾胃によし女食して懐妊となる」ということだが、まず、イチゴが普通に手に入るものであったのか、というあたり。「平」は、とりわけ毒でも薬でもないという意味らしいが「脾胃によし」というものなのか。「懐妊」はいささかおどろく。

蒜(にんにく)をひさしくこのみしよくするなはいかんやふれたんをしやうずる

「蒜を久しく好み食するな肺肝破れ痰を生うずる」。食べすぎはよくないと思うが、胃腸ではなく「肺肝」に影響があると言っている。

鮭こそは身をあたゝめてきりよくますおほくくいてはしゆもつ生(しやう)ずる

「鮭こそは身を温めて気力増す多く食いては腫物生ずる」。食べすぎはよくないと言っている。当時の鮭はどうしていたのだろう。輸送や保存を考えれば塩蔵ものになるだろうから、あるいは塩分のとりすぎか。

現代の感覚からすると、何の関係があるのか?と思うものがあったりするが、当時の食生活なども垣間見られるあたりは面白い。
錬金術と近代の化学・物理学、本草学と近代の植物学や医学のつながりというのは、おりおり振り返ってみると、人間の思い込みみたいなものが対象化されたりする。当時のもうすこし専門的な書物にはどう書かれていたおんか……というようなところに踏み込むと、なかなか奥は深そうだ。検索をしてゆくと、そういうことを研究している人もいらっしゃるだろう。

コメントを残す

ページトップへ