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アーカイブ "2026年"

岡部史です、こんにちは。

葛原妙子歌集『葡萄木立』のあとがきに

 旧約聖書の民数紀略の或る章に、竿をとほして人、二人で
 荷ふ程のひと房の葡萄の記述があることを聞いた。

とある。それで調べてみると、民数紀略の第13章23節に

 彼らつひにエシコルの谷にいたり其処より一球(ひとふさ)の
 葡萄のなれる枝を砍(き)りとりてこれを杠(さお)に貫き二人して
 これを擔へり   日本聖書協会『旧新約聖書』
 
とある。そのことがずっと心に残っていたので、イスラエルを訪ねた時
それはもう三十以上前になるのだけれど、こんな飾りタイルをみつけ、
購入してきた。

 

見るたびに、この迫力ある葡萄の姿に感動してしまう。
葡萄の歌も秀歌が多いですよね。 

たれか投げし命綱あり きらきらと葡萄実れるそらに光りぬ
                葛原妙子『葡萄木立』
ひとふさの葡萄を食みて子のまなこ午睡ののちのひかりともり来
                花山多佳子『楕円の実』

まき殘す暦のおもてそのまゝに見えてさながら春は來にけり/徳川光圀『常山詠草』

誰あろう、水戸のご老公の歌である。

「まき殘す暦」とかいうと、筒状にまるめていたカレンダーに、まだその状態が残って裾がカールしているように読めるが、光圀の時代の「暦」は、壁掛けの暦ではなかったはず。折り本とか巻物とか。おそらく巻物。光圀は、渋川春海「貞享暦」の採用の後押しもしているという背景などもあわせて考えると、それなりに想像がふくらむ。
題は古今集以来の定番の「年中立春」。つまり「まき殘す暦」というのは、まだ(旧暦)12月の日付のところが残っているにもかかわらず、立春がやってきたということだ。

まだ先のことだが、今年の立春=2月4日は、旧暦12月17日。

カレンダーの巻きぐせ。私もそういうのをつくったことがあるが、いくつか。

カレンダー逆に丸めて巻き癖を取れば表紙の仔犬が笑う/畑中秀一『靴紐の蝶』
二月まだ巻き癖少し残りいるカレンダーに梅は曲りつつ立つ/三井修『薔薇図譜』
巻き癖のまだ残りいるカレンダー野分の風に波打ちており/吉川宏志『曳舟』

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