ブログ

アーカイブ "2021年"


『塔』の再校は現在、京都市内の色々な会館でやっています。
「こどもみらい館」「ハートピア」「京都教育文化センター」等。

去年、2020年の3月までは岩倉の永田家でお世話になっていました。
私も20年近くお世話になったでしょうか。
車で京都の南の伏見区から北の岩倉までほぼ京都市縦断。
毎月毎月決まったように行っていたのに
もう思い出になってしまったのですね。

校正の後、お食事をいただいたり、新年会をしたのも思い出です。
ちょっと何年だったか記憶が定かではないのですが、
お庭でバーベキューをしたこともありました。
食後一首ずつ歌を詠んだなあ。
2000年ぐらいだったでしょうか。

昔の『塔』を見ていたら裕子先生のこんな歌がありました。
最初の一行は詞書です。

第一日曜日は私宅にて割付、校正作業
うちつれて一時頃にはやつて来る二升の米を四回に炊く
二十人が集りて飲むのはあと何年、赤飯のあとに酢飯を炊く
いまだ来ぬ一人のために残しおく茨(いばら)の葉つぱに包みし草餅
酒呑めば話は大袈裟になりゆくを誰も怪しまず夜の桐の花
河野裕子 『塔』2002年6月号


写真は竹間公園の桜です。
『塔』の再校があった日曜日は
20℃近い気温ですっかり春のようでした。
桜の蕾も少し色付いてる!?

さて、小学校の3年か4年の時に
竹間小学校で映画の上映会がありました。
竹間の生徒以外でも希望者は見に行っていい、
と先生は説明しました。

クラスの誰かが聞きました。
先生、竹間小学校はどこにあるのですか。
先生は答えました。
「竹間小学校に行くのは簡単です。
 竹屋町通りと
 間之町通りの角にあるから竹間小学校なんですよ。」

「君子ノ道ハ日ニ彰ナリ」を耳にタコができるほど
聞かされて、校名ってそんなもんだと
思っていた私たちは驚きました。

竹屋町通りと間之町通り…
それって地名やん!?
地名を校名にしていいの?

いいんです!!!
小学校六年生で転居した私は
公立の小中学校の校名は、
地名が元になっているのが、ほとんどだと知りました。
日彰より竹間の方が名前の付け方としては普通だったのです。

例えば私は宇治市立宇治中学校に進学しましたが、
「北宇治」「東宇治」「南宇治」「西宇治」中学に
その四囲を固められていました。

その後少子化のためか京都市内の小学校は統廃合が進み、
竹間小学校は「こどもみらい館」になり、
日彰小学校は学校として残りましたが、幾つかの学校が統合したため、
「高倉小学校」という名になりました。
高倉通りにあるから。
それって地名やん!

入学せる第四錦林小学校子は思ひゐしよ「ライオン・キリン」小と 
中村みどり 『塔』2020年11月号

「だいよん・きんりん」小を「ライオン・キリン」小と思っていた子。可愛い。


こどもみらい館の前身、竹間(ちっかん)小学校が
京都の町衆の心意気で作られた番組小学校の一つだと
書きましたが、私も番組小学校に通っていました。
「日彰(にっしょう)小学校」という名です。五年生まで通いました。
併設の日彰幼稚園にも二年通いましたから、
「日彰」の名のつくところに七年いたことになります。

写真は日彰幼稚園の卒業記念のフォークの持ち手です。
「日彰」の文字が見えますか。
何年使ってるんだ、このフォーク・・・。

「日彰」のいわれは中国の古典「中庸」の
「君子ノ道ハ日ニ彰(アキ)ナリ」から来ているそうです。
(今ググってみると微妙に言葉が違いましたが、
 記憶に染みついているのでこれで行かせていただきます。)

立派な人の行ないは目立たなくてもやがて日の下に明らかになる、
ぐらいの意味でしょうか。
しかしそれでは幼稚園児や小学校児童には地味過ぎるからか

  人が見ていないと思って悪いことをしてはいけません。
  お日様が見ていますよ。
  
というアピール性の強い解釈で教えられました。
校長先生のお話の定番でした。
それをまあ幼稚園の卒業式、小学校の入学式、
一学期の終業式、夏休みの登校日・・・と
機会があれば、毎回校長先生は話すのです。

下手したら教室に帰ってから担任の先生まで同じことを言いました。
またか・・・とゲンナリしましたが、
それでもこの小難しい校名が好きでした。今も好きです。
近所の小学校も「明倫」「生祥」「立誠」と
何となく子供になにか言いたげな校名ばかりでした。

明日に続きます。

図書室は校舎の端つこ放課後の西陽のひかりにアンを探しき
立川目陽子 『塔』2021年1月号

小学校の図書室には『赤毛のアン』が似合います。

「こどもみらい館」の2階から4階は
会議室等ですが、1階は幼児の遊び場。
木のおもちゃいっぱいの魅力の空間です。
「みらい館」の前の竹間公園も子供でいっぱい。
写真はそんな遊具の一つです。

これを見てボルダリングを思い出すのは私だけ?
ボルダリング興味あります。
一回ナマで試合を見てみたい。

というのも大学3年生の夏休み、
遊園地でアルバイトをしており
その時ボルダリングに似た遊具があったのです。
もちろん素人用だから比べ物になりませんが
頂上直前はエビぞりになって結構危険。
命綱も無く、よく登ってたなあ。
昔は何でもイイ加減でした。

一回登れるようになったら面白くなり
バイト仲間で何分で登れるか競争したりしてました。
こんなん登れんやろ!?と言ってるお客さんの前で
ひょいひょいひょい~と登ったり、
怖がる子供に「足ここに置いて」って言ったり
お母さんに「お母さんこそ登って!頂上制覇!」とか言って
本当にお母さん登っちゃったり、
そのガッツポーズを写真に撮ったり・・・と
とにかく毎日お客さんと遊び呆けてました。

そしたらですよ、夏休みの終わりに、
優秀バイトとして表彰されたのです。
最優秀バイト3人の中にも選ばれました。

遊びのように楽しんで働いて、
しかも褒めてもらえたのは(長い)人生の中でも、この時だけ。
ボルダリング、懐かしい。

大自然の中での岩登りの歌を。

割れ目つかみ亀の子スラブ攀じのぼる足下に滝はひとすじの光
市居よね子 『塔』2021年1月号

本日、13:00~15:00、オンラインイベント、
「新樹集・百葉集を読む」がZoomで開催されました。
司会は魚谷真梨子さん。
全国の皆さんと一瞬で集合!

レポーターの方の読みをもとに
皆さんと意見を交換しました。
歌について話すって楽しい!
あっという間に時間が経ちました。

新樹集・百葉集からそれぞれ私イチ推しの一首を。
風の行方を鳥に聞けども鳥はもうわたしに見えない空を見ていた 魚谷真梨子
つり合わぬことが使命のシーソーはガタンと傾きあなたを待った 落合優子

来月は3月27日(土)同じく13:00~15:00、Zoomです。
(また正式に募集があります。)
ワタクシ川本が司会をつとめさせていただきます。
ぜひご参加ください!

私のような超デジタル音痴でもZoom、できます。
塔では定期的にZoom歌会も行なっております。
Zoomができれば世界が広がりますよ。レッツ・トライ!

昨日2月21日(日)、京都のこどもみらい館で
3月号の再校と4月号の割り付けを行いました。

参加人数は16名。

以前は岩倉の永田家でお世話になっていましたが、
去年から色々な会館で行なっています。
もっと多くの人に参加してほしいのですが、
今はコロナの影響で人数制限をしています。
飲食も原則自分の分のみ、あまりしゃべらず(?)やってます。
早くコロナが終息して、
希望者みんなでワイワイガヤガヤやりたいものです。

あれ、この旧かな遣いは?
文語文法合ってる?
誤植見つけた!などなど・・・まあ、しゃべってますね。

写真はこどもみらい館。元・竹間(ちっかん)小学校です。
竹間小学校は、番組小学校の一つ。
番組小学校とは、明治政府の学制発布を待たずに、
京都の町衆の手によって作られた小学校なのです。

一週間前の地震では、本棚から本が飛び出すなどなど、部屋ががちゃがちゃになりましたが、
そんなときでも抜群の安定感を誇っていたのが辞書類。
とりわけ広辞苑第六版机上版。(隣は第七版普通版。もちろんこちらも安泰。)

十年前のちょうど今頃、当時よく遊んでいた仲間が買ってくれました。
なんでも、「あいつ、最近、短歌とかいうのつくってるらしいから、ちょっといい辞書でも買ってやろう」という話になったのだそうです。
ところが、いい辞書がどういう辞書かだれもわからなかったので、
「本屋でいちばんでっかい辞書を買ってやれ」ということになり、それで買ってくれたのが広辞苑第六版机上版。
わけがわからないまま大きくて重たいものを渡されてびっくりしましたが、これはうれしいプレゼントでした。
(電子辞書っていう便利なものもあるんだけどな、と思わないこともなかったけれど。)
 
なんと言っても字が大きいし、分冊だからなんなら二冊広げられるし、
何か調べた後にその周辺をぱらぱら拾い読みするのが面白いし、
これからもずっと使うわたしの大事な広辞苑。
 
十年前のその夜も、みんなでいつも通り、うわーっと呑んで、うわーっと騒いで、
しこたま酔っぱらって夜中に広辞苑第六版机上版を抱えて帰宅したのでした。
 

さっき現場から帰って来て、着替えたりなんだりしたところです。
現場の勢いのまま今日はブログを書きます。
 
わかっていても冬は寒いのですが、外仕事はなおつらい季節です。
そんなときの強い味方が作業用防寒ジャンパー。
冬ごとに新調するのですが、この冬のわたしの防寒ジャンパーはこれ。

 
通称”熊撃ち”です。襟のぼあぼあが由来かと思われます。
寒くなるころ、毎年買いに行きます。親方とお揃いです。
本当はわたしの熊撃ちは紺で、写真の緑のは親方の熊撃ちでした。
それがどういうわけか、この現場に入ったときから親方が紺の熊撃ちを着るようになり(熊撃ちは親方の車に積みっぱなし)、
「そっちがわたしのですけど」と一応訴えてはみたのですが、
翌日からも親方は平然と紺の熊撃ちを着てくるので、諦めてわたしは緑の熊撃ちを着ることにしました。
まあ、サイズは同じだし、どうせ汚すし、どっちでもいいんですが。
あたたかくなるまでは、この緑の熊撃ちでがんばります。

なんのブログかよくわからなくなっていますが、
熊を撃つ歌などなど、どなたかつくっていただければ幸いです。
ジョン・アーヴィングの『熊を放つ』って好きだったな。
ますますなんのブログかわからなくなりそうなので、
今日はこのへんで。

 お知らせです。このたび、塔短歌会・東北で毎年刊行してきた冊子を書籍化する運びとなりました。
 冊子は、東日本大震災のあった2011年より『99日目』、『366日目』、『733日目』、
『1099日目』、『1466日目』、『1833日目』、『2199日目』、『2566日目』、『2933日目』と、
日数をタイトルに据えて刊行してきたものです。
 24名による短歌作品、小エッセイ、座談会、鼎談、特集エッセイなどの収録の他、
高野ムツオ氏の解説を加え、総ページは400頁を越える予定です。
 東日本大震災より10年目の今年、こうして本にまとめることができることは
一同ひとしおの思いがあります。その地点その地点であの震災に向き合ってきたことが
一冊になったとき、改めてひとつの軌跡が浮かび上がってくるようにも思われ、
短歌という詩形の持つ力や可能性というものを考えさせられています。
 この本が少しでも多くの読者に届くことを心より願っています。
   下記の申込フォームにて、先行予約販売を行います。
申込フォーム
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdL_-6_YAXsEsLS9gZLoCgVGUqWK3pUMCtUGqQhapBZEx-rFg/viewform?usp=sf_link

申込締切 2021年2月28日(日)
お問い合わせメール tou-touhoku@orion.ocn.ne.jp

※この本の収益は東日本大震災被災関連団体に寄付されます。
どうぞよろしくお願いします。
〈塔短歌会・東北〉一同


春のような陽気だった昨日の鴨川の河原。

大きな木は、栴檀(センダン)です。

別名アフチ、オオチ、オウチとも。

楝色(おうちいろ)は、栴檀の花のようなうすい青紫色のこと。

 

センダンと言えば、「栴檀は双葉より芳し」。

栴檀の木が、まだふたばの頃からよい香りを放つように、大成する人物は幼少期からすぐれた素質を見せるもの、という意味合いですが、実はこれはインドの栴檀(香気の強い白檀)のことで、日本の栴檀は別物とのこと。

さらに、インドの栴檀でもふたばの頃は芳しくはないそうで、なんともややこしい諺なのでした。

枝に残った栴檀の実。

 

さて、この「せんだんはふたばよりかんばし」の「より」を、実は私はかなり長い間、「栴檀は双葉よりも芳しい」と「比較」の意味で取っていました。

 

なぜ「栴檀」という植物名と、「双葉」という植物の成長段階とを比べているのか、比較対象同士の性質やレベルが違いすぎて変じゃないか?と、ずっとぼんやりと不思議に思っていたのです。

はずかし。

間違いに気づいたときは、ええーっ、そりゃそうか、と妙に納得しました。

 

格助詞「より」にはいろいろな用法がありますが、今回は「動作や作用の起点」(双葉の頃から)と、「他との比較、対照の基準」(双葉よりも)とがごっちゃになったものでした。

 

同じ「より」で、私はまた別の思い違いをしていたことがあります。

子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」

穂村弘『シンジケート』

穂村弘さんの超有名な一首。

上の句は、「子供をつくるよりも、シンジケートをつくろうよ」(比較)と取るのが妥当だと思うのですが、私は十代ではじめてこの歌を読んだとき、「子供から、シンジケートを作ろうよ」(起点)と読んでいたのでした。

大人ではなく、子供たちのほうから立ち上がって声をあげようよ、という雰囲気。

解釈の間違いに気づいたとき、これまた、ええーっ!びっくり、なるほど、と納得したものでした。

「より」、むずかしいですね。

 

 

 

 

ページトップへ