薄味好み(松村)
先日、歌会の後の雑談のなかで、「短歌をやってると、だんだん薄味好みになるよね」という話になった。料理の話ではない。表現において抑えめ・控えめになってくるということである。
そう言えば、近ごろ映画を見ていて、「あそこの泣くシーンは要らなかったな」とか「最後の場面がダメ押しだよ」などと思うことが多くなった。演出が過剰に思えてしまうのである。これは映画の側の問題だと思っていたのだが、実は自分の側の問題なのかもしれない。
省略の文学である短歌の表現に慣れてしまうと、他のジャンルの表現がどうもオーバーに見えてくるようなのだ。薄味に舌が慣れると、濃い味の料理を受け付けなくなるように。そう考えると、短歌というのもけっこう罪深い(?)気がする。
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