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20151018永田家柿

「塔」の割付・再校作業でした。二十数名でみっちりと…というより、おいしい差し入れをいただきながら、にぎやかに読みました。

今日話題になったのは、「せし」を直すかどうか。

例えば「愛せし」。これは正しいですね。サ変動詞「愛す」の未然形「愛せ」に、助動詞「き」の連体形「し」が付いています。これを「愛しし」とするのは誤りです。

でもサ変動詞は例外。通常は、助動詞「き」は連用形にくっつきます。

例1:「満たしし」=「満たす」(サ行四段活用)の連用形「満たし」+「き」の連体形「し」。これを「満たせし」とすると、文法的には誤りです。

例2:「乗せし」=「乗す」(サ行下二段活用)の連用形「乗せ」+「き」の連体形「し」。これは「乗せし」が正しいのでこのままでよいです。
サ変動詞とサ行四段活用の動詞を使う時に注意が必要なのです。が、誤用が広まって「愛しし」「満たせし」のような使い方も多く見られます。校正としては、直しているときりがありません。今日のところは作者の原稿の表記に従い、特には直さないことになりました。

ということで、誌面には間違った文法のまま載っているものもありますが、文語の「せし」を使う場合には、ちょっと立ち止まって、辞書を参照してみてください。

①使う動詞の活用の種類を確認(サ変か、サ行四段活用か)。
②使う動詞の活用形を確認。サ変なら未然形「~せ」+「し」=「せし」、
サ行四段なら連用形「~し」+「し」=「しし」

辞書の巻末には文語の動詞・助動詞の活用表がついている場合がありますし、「広辞苑」第6版には、文法表の載った別冊がついています。上の2ステップを踏むだけで、恥ずかしい間違いはなくなるでしょう。

人それぞれ「せし」が好きだったり「しし」が好きだったりと音の響きに好みがあり、誤用を気にしない場合も多々あります。が、誤用がどんどん広がるのを黙って見ているのもよくないですね。

以上、校正現場の悩みでした。

写真は、永田家の庭の大きな柿の木。まだ渋柿ですが、皮をむいてつるしておくとおいしい干し柿になるそうです。帰り際に「うまそうだな」と見上げていた数人に、
永田淳さんが脚立に乗って、もいでくれました。

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  • まろ より:

    初めまして。
    初めましてなのに、いきなり質問いたしますm(_ _)m
    「汗を吸わせる」の場合、「汗を吸わせし」でよいのでしょうか?

    ご教示いただけましたなら幸いです。

  • みむらときえ より:

    武川忠一氏に教えていただいたのですが、愛すると旅するは例外で「愛しし」「旅しし
    となると覚えましたが、間違っていますか?

    • 澤村斉美 より:

      みむらときえさん、書き込みありがとうございます。「せし」問題を気に留めていただき、うれしいです。ちょっと長くなりますが、お答えしてみますね。

      まず、「正しくは『愛せし』である」とした根拠を記します。私が参照したのは2件。一つめは「市古貞次編 学研 新古語辞典」です。助動詞「き」の項のうちの「語法」というところから引用します。サ変との接続についての説明です。

      (引用)
        サ変には、「せし」「せしか」「しき」のように、終止形「き」は連用形「し」に付くが、連体形「し」と已然形「しか」は、連用形「し」には付かず、未然形「せ」に付く。
      (引用終わり)

       初めて読んだ時には、う、うわーなんの呪文じゃ・・・と思ってしまったものですが・・・。サ変動詞「愛す」を例に、以下のように理解しました。

       まず、「愛す」の活用です。
      愛せ(未然) 愛し(連用) 愛す(終止) 愛する(連体) 愛すれ(已然)愛せよ(命令)

       次に、「き」の活用です。
      せ(未然。ただし「・・・せば・・・まし」という形のときしか使わない)
        (連用なし)
      き(終止) し(連体) しか(已然) (命令なし)

      これを「新古語辞典」の説明にあてはめると、

      愛しき・・・愛し(サ変連用形)+き(「き」の終止形)
      愛せし・・・愛せ(サ変未然形)+し(「き」の連体形)
      愛せしか・・・愛せ(サ変未然形)+しか(「き」の已然形)

      が正しいことになります。では「愛しし」はどうか。

      愛しし・・・愛し(サ変連用形)+し(「き」の連体形)

      となり、辞書的には誤りとなります。「旅す」も、「旅」にサ変動詞「す」がついたものと考えると、「旅しき」「旅せし」「旅せしか」が正しいことになるかと思います。

      もう一つ参照したのは、これは私が高校時代に使っていた古いものですが「新・要説文語文法」(日栄社)です。助動詞「き」の項に、接続の説明として、

      (引用)
      活用語の連用形に付く。ただし、(中略)サ変には(中略)「せし・せしか」「しき」という特別な接続をする。
      サ変(す) せ→し、しか   し→き
      (引用終わり)

      とありました。上記辞書と同じことを言っているのだと思います。やっかいなことですが、このように、サ変動詞に「き」が付くときは、「き」の活用が終止形なのか連体形・已然形なのかによって、サ変の活用形も変わるから注意が必要、と二つの参照元が示していました。

       私が参照したのはこの2件だけですので、「愛しし」「旅しし」が例外でよいとする説も、あるかもしれませんね。上記は、あくまで現代の辞書・文法書の上での説として受けとめていただければ幸いです。実際に言葉を使っていた当時の人々が、厳密に「せし」「しし」を正しく使っていたかというと、そうとも言い切れないように思いますし、もしかしたら、日本語の歴史、短歌の歴史のどこかの時点で「愛しし」「旅しし」も運用上「アリ」ということになっているかもしれません。参考にはなるので辞書や文法書を参照しますが、でも、辞書や文法書がすべてではありません。実際の表現の現場での言葉の使い方の方がしっくりと感じられることも多々あります。だからこそ、校正の現場でも、直そうか直すまいか迷います。

  • 松村正直 より:

    わかりやすくまとめていただき、ありがとうございます。

    「しし」と「せし」の件は昔からたびたび問題になっていたようで、
    「新アララギ」の宮地伸一さんの文章にも取り上げられています。

    http://www.shin-araragi.jp/zakki_bn/bn_06/zakki0611.htm
    http://www.shin-araragi.jp/zakki_bn/bn_08/zakki0812.htm

    短歌雑誌や歌会で問題になる文法事項のほとんどは、以下の3点ですね。

    ・「しし」と「せし」の混用
    ・助動詞「り」の接続
    ・上二段、下二段動詞の「終止形」と「連用形」の混用

    ポイントがわりと限られているので、各自がしっかりと気を付けていきたい
    ところです。

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