百葉箱

百葉箱2019年4月号 / 吉川 宏志

2019年4月号

  ムンクの『叫び』の目から鼻から泡立ちて蓮根天婦羅からりと揚がる
                                  橋本恵美

 蓮根の輪切りが、ムンクの絵の顔のように見えたのだろう。発想がとても新鮮。「目から鼻から」が、溶けていくようで不気味である。
 
  ともに雪をみたことはないと気づきたり親権を失くし十年の経つ
                                沼尻つた子

 愛する人と、何をしたか、ではなく、何をしなかったか、が心を締めつけることがある。「親権」の歌は今月もう一首あって、
  親権を取れなかつた子の写真とか先輩が見せてくれるクリスマス
                                宮本背水

も、軽やかだけど悲哀がある。
  
  水に腹触るるがごとく飛ぶ鳥に海はいかなる赦しであらむ
                             清田順子

 詩的な飛躍のある作品。下の句は難解な問いだが、死ぬときは海に落ちるという意味での「赦し」だろうか。いろいろと考えさせられる。
 
  惚れたなら看取る覚悟でわれを抱け 水面をついとすべりゆく鴨
                                田中律子

 上の句は、昨年の全国大会の夜の部の歌仙(連句)で話題になったもの。それに自分で下の句をつけた形の一首。上の句の大胆さを、下の句の水の描写で浄化する感じ。永田和宏さんが参加されている『歌仙はすごい』(中公新書)もおもしろい本だっだ。そこでも、連句で「水」の果たす役割の大きさが言及されている。
 
  白杖の子どもの引きしおみくじを母が笑顔で読めば大吉
                            三木紀幸

 作者とは無関係な母子なのだろうが、心に沁みる一場面だ。「読めば」というつなぎが、やや気になるが、ちょっとねじれた感じがかえっていいのかもしれない。
 
  びつしりと落葉の積もり段のあとわづかに残る階のぼりゆく
                              濱崎光子

 石段が摩耗しているような山坂なのだろう。地味だが、風景が目に見えるようで、登ってゆく実感がある。
 
  突然に電灯消えぬる夜学にてはからずも知る電気工とふ生徒
                              藤原明朗

 電気が消え、生徒が修理してくれたことで、電気工であることを知ったのだろう。結句の語順はややぎくしゃくしているが、夜間学校の人間関係が簡潔にとらえられ、印象深い一首だった。
 
  人は死ぬ、ならば産むのも殺人と言うみみちゃんと餃子を食べる
                                梅津かなで

 暴論である。だがその中に子を産むことへの畏怖を感じ、黙って寄り添うしかなかったのだろう。どんな関係かは不明だが、「みみちゃん」の存在感がすごい。

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