百葉箱

百葉箱2023年4月号 / 吉川 宏志

2023年4月号

  キーウにてボランティアより配らるる救援物資に湯たんぽありぬ
                               潔 ゆみこ

 湯たんぽが使われることを知り、戦場の町の寒さが、一瞬身近に感じられたのだろう。
 
  九月のわたしが予約してくれた木の椅子にひとり座りぬ膝掛けをして
                                 橋本恵美

 数か月前の積極的な自分と、今の受け身的な自分が、別物のように思われたのだろう。「膝掛け」で季節の寒さが伝わるのもいい。
 
  りんかくが我を見てゐき霧の濃き羅臼峠に一頭の鹿
                         松原あけみ

 霧の中のぼんやりした姿なのに、見られていることははっきりと感じるのだ。「羅臼峠」の地名もよく効いていて、神秘的。
 
  天よりのますぐなる雪美しと見つ、つね横ざまに雪ふぶく町
                             加藤和子

 天から静かに降る雪と全く違い、吹雪は恐ろしい。雪国の風土がよく表れている一首。
 
  たましいを吐き出している雲の河馬 われの鍵にて締る仕事場
                              星 亜衣子

 仕事場を出るとき、河馬のような雲を見た。珍しくもない場面だが、不思議におもしろさがある。「ば」の脚韻が耳に残る。
 
  英語ではブラックティーというを飲む光の弱き国を思えり
                            竹内 亮

 ブラックティーは紅茶のこと。光量が違うと、色の見え方も変わるのではないか、という発想があり、視覚的な印象が柔らかな歌。
  
  東に月はあるらし窓に見る雪柔らかに青く浮きおり
                         姉崎雅子

 これも北国の雪の色が繊細に捉えられた歌で、結句が特にリアルである。
 
  三日朝ポテトチップス工場はトラック六台初荷を待てり
                           尾沼綾子

 新年のポテトチップス工場という題材が魅力的で、風景がいきいきと広がる歌である。
 
  歯の色もにんげんの個性 一本の桜の前でマスクをはずす
                            竹垣なほ志

 上の句の認識にハッとさせられる。歯と桜が対置され、白の印象が強められている。

  長生きはできぬかもしれぬと妻は言う鶸のそばにはもう一羽の鶸
                               杉本文夫

 哀切な上の句から、二羽の鶸への展開が、やや即きすぎかもしれないが、味わい深く、心に沁みた。
 
  ぬるめの湯に入浴剤をとかしつつしばらく浸かる喪服着るため
                              増田美恵子

 結句に意外性があり、再読すると、ゆったりとした上の句が、別の印象で見えてくる。
 
  あとがきの代はりに父の手記ありて遺稿歌集の背表紙しづか
                             近藤由宇

 歌集の外見をそのまま描くことで、静かな哀感がにじむ。
 
  目の奥に小骨が刺さっているような寝不足を連れてのぼる階段
                              河上 類

 比喩が新鮮。「…連れてのぼる」という表現にも工夫があり、睡眠不足のときの実感が伝わる。
 
  宙走る高速道の橋桁のひとつひとつに梯子付きをり
                         森田敦子

 風景をよく見ることで、高速道の空に浮かぶ感じが強く迫ってくる。
 
  いにしえのセロハンテープぱりぱりと古い地図から指へ移りき
                              吉村おもち

 古いセロハンテープの触感がなまなましく捉えられている。「移り」という動詞もよく効いていて、状況が鮮明に再現される。

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