百葉箱

百葉箱2024年3月号 / 吉川 宏志

2024年3月号

  身一つがやっとの幅の洞に入り縦に縦にと体を伸ばす
                          ほうり真子

 洞窟に入ったときの体感。「縦へ縦へと」に、確かにそうだなと納得する。
 
  墓石が凍り付くゆえ厳冬は納骨できぬと石屋は言えり
                          谷口公一

 事実を簡潔に歌い、人の死の冷厳さが強く迫る一首。
 
  ひかりとかげという名の蜥蜴をさがしてる夢のさいしょの角をまがって
                                 高松沙都子

 「光と影」からの連想だろうか。下の句の柔らかさもよく、不思議な雰囲気がある。
 
  第一の死因が自殺からガンに変わる齢になりにけるかも
                           井上雅史

 統計的な事実をそのまま詠んでいるが、若さが過ぎた後の生の重さが伝わってくる。
 
  満ち潮に狭まりてゆく砂州のうえ渡りの鴨がその身よせ合う
                             入部英明

 川や鴨を丁寧に描写し、風景が鮮明に目に浮かぶ歌。
 
  火は怖い赤にも青にもなるからとわたしよりきっと死に近き友  
                              川上まなみ

 友の言葉が妙に耳に残る。繊細過ぎる友を危ぶむ思いも含まれているだろう。
 
  去年まで拭けてたところが拭けなくて背中が少しおばあさんになった
                                 林田幸子

 部分的におばあさんになっていく、という表現が面白い。上の句にも生活実感がある。
 
  沢蟹の研究者の名は一寸木ちょっきさんチョキチョキチョッキチョキチョッキさん
                                  森 祐子
 一寸木肇さんという方らしい。大胆な歌い方が楽しい。
 
  一人ぐらゐ信じるだらう我が居間の窓にカワセミ当たり転ぶを
                              山下太吉

 作者自身も信じられない思いがあるのだろう。青い鳥が落ちているのは美しくも無残である。
 
  土重き父の遺したプランター持とうすれば砕けるばかり
                           梅津浩子

 プラスチックがばらばらに割れる手触り。よく分かる。
 
  未使用の袋を一つなくしたが外から見ても変わらぬわたし
                            前橋由起子

 切除手術をしたのだろう。軽やかに書かれているが、「未使用」に哀切さがこもる。
 
  一年は早いですねと立ち話せる間もたがひの髪に落葉す
                           西山千鶴子

 静かだが臨場感のある歌。年齢意識も感じられる。
 
  ガラララッ 洗濯機の音 ジーパンのボタンだなぁと湯船に思う
                               黒澤沙都子

 音が聞こえてきそう。日常をリアルに描いた面白さ。
 
  福引きのはずれが溜まる受け皿はおめでたい色ばかりで満ちる
                              といじま

 よく見るがあまり歌われない場面をうまく切り取った。ハズレのほうが華やかという皮肉。
 
  墓石の文字のはらいに歯ブラシがうまくあたらず五時の鐘鳴る
                              増田美恵子

 細かいところに着目し、実感のある歌になった。結句で聴覚に展開したのも効いている。
 
  メクラヘビ世界最小のヘビらしいなんでゐるのよ私の畑に
                            丸山真理子

 外国からの侵入種らしい。口語がとてもユニーク。
 
  応接間の龍が守れる如意宝珠を時折はずして私が磨く
                          東大路エリカ

 「はずして」が良く、不思議に笑ってしまう歌。
 
  ゆき と呼べば柳のように振りむいた雪の漢字を持たないあなた
                               榊 隆太

 「由紀」などの名前なのだろう。柳の比喩もよく、みずみずしい恋情が伝わってくる。
 
  紙コップ二枚重ねてくちびるのかたち作りし夕映えの中
                           松浦 唯

 たしかに唇の形を思わせる。紙なのに生々しさある。
 
  傘先の雫で描くドラえもん雨のインクが少し足りない
                          則本篤男

 「雨のインク」が魅力的。かすれた絵が見えてくる。

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