百葉箱

百葉箱2018年2月号 / 吉川 宏志

2018年2月号

  雨嵐やうやく過ぎて一切れのまつとうな空ベランダに見ゆ
                             大河原陽子 
 短歌では、ごく普通の言葉が意外な効果を発揮することがある。この歌では「まつとうな空」が不思議におもしろい表現。大雨のあと、やっと青空に巡り合えた喜びがこもる。
 
  銜えたる雛(ひよこ)の黄の足見ゆるままワシミミズクは呑み込みており
                                 小島美智子 
 「黄の足」がなまなましい。「見ゆるまま」から、スローモーションのような時間が感じられる。「ワシミミズク」という名前も効いている。
 
  手術後の医師の説明聞きながら妻を離れし乳房を見つむ
                           熊野 温 
 つらい場面を淡々と歌っているが、「離れし」という一語が印象深く、茫然と見ているしかない作者の姿が髣髴としてくる。
 
  見てごらん縦に横にとほぐれつつまた添ひてゆく空の白雲
                             千葉なおみ 
 よく見る情景を、伸び伸びとしたリズムで歌っており、柔軟で広がりのある一首となっている。初句の呼びかけも、快く響く。
 
  夫の病知らずにびんづる様の目や口をなでにき腹なづべきを
                              高松恵美子 
 病気があるところに触れると、治るという信仰があるのだろう。「腹なづべきを」に悔しさが滲んでいる。「びんづる様」に存在感がある。
  
  天井を見ている僕は天井を抱きしめたいと思いはじめた
                            中村寛之 
 寝転んで天井を見ている場面だろう。天井に空想の恋人を思い浮かべているような感じだろうか。みずみずしい勢いがある。
 
  滝を見て「水が真っ直ぐ立っていた」お泊り保育成果のありぬ
                               塩畑光枝 
 子どもはときどき詩人となる。子が滝を簡潔に表現するのを聞き、とても嬉しかったのだろう。下の句にとぼけたようなユーモアがある。

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