百葉箱2017年12月号 / 吉川 宏志
2017年12月号
ふるさとに角度を変えぬ坂があり友の家の跡、ジミーのいた場所
橋本恵美
坂自体は変化しないが、周りの風景は移り変わってゆく。「ジミー」は外国人の友の名か、あるいは犬の名だろうか。素直な懐かしさがある。
「黒ゴムの管(くだ)に象牙のラッパなのむかし昔のあの聴診器」
滝友梨香
すべてセリフという歌。これもノスタルジーを誘う物のすがたを、鮮明にとらえている。
手の届く高さに秋は近づきぬ葉先あからむ楓を見上ぐ
益田克行
上の句が印象的なフレーズである。空の上のほうから秋が近づいてくるという独特の感覚が美しい。作者は北海道の人。
落雷に民俗館は闇となり我は河童と差しで話した
村﨑 京
真っ暗になった民俗館とは、そうとう怖かったことだろう。河童のミイラとか置いてあったのだろうか。結句に素っ気ないようなおかしみがある。
紙芝居を生き生き読んでるわれがいる特に聞いてよ鬼用の声
真田菜摘
ボランティアで読み聞かせをしているのだろう。だが、それまでは失意の中にいた感じがする。元気を取り戻した自分の声を聞いてほしい、という願いがあろう。一見明るいが、哀切さのこもる歌なのではないか。
ついてくる月とおんなじ原理でしょうわたしが泣くと海鳴りがする
白水裕子
もちろんそんな原理はないのだが、ちょっと納得させられるのが歌の力。これもユーモアの中に悲しみを溶かしこんているような一首。
向かひくる日傘の連峰くぐり抜けアスファルト揺れる陽炎にゆく
三好くに子
ゆらゆらと続くリズムに不思議な味わいがある。「連峰」という語のおもしろさ。「陽炎に」の「に」にも丁寧な工夫が感じられる。