百葉箱2017年11月号 / 吉川 宏志
2017年11月号
差してない人と三人すれちがい四人目が来て我はたたみぬ
相原かろ
中心の言葉を、わざと言わないことでおもしろさを生み出した歌。雨上がりの街がリアルに見えてくる。
ゆふぐれの足を起点に影の伸び橋となるには柔らかすぎる
東 勝臣
不思議な味わいのある歌。長く伸びた影が、橋に見えるという比喩がユニークだが、「柔らかすぎる」が一筋縄ではいかない。どこにも行けない閉塞感も背後にはあろうか。
マッカーサーは厚木に降り立つと言うけれど厚木市にはない厚木基地
みちくさ
私は知らなかったのだが、綾瀬市と大和市にあるらしい。三回出てくる「厚木」にインパクトがある。事実だけをさらりと述べ、私のように無関心な者を皮肉っているよう。
文字だけで会話しているこの夜のキーボードが製氷皿のよう
鈴木晴香
たしかに形も似ているが、冷たい触感が伝わってくる。文字だけの会話の淋しさや虚しさ。「製/氷皿」と切れるリズムにも鬱屈がにじむ。
地名とはいつかは聞き慣れるものか「孕み橋ですお降りの方は」
穂積みづほ
「孕み橋」とはどきっとする地名だ。しかし、住んでいるうちに土地への疑いをなくしてしまうのか。考えさせられる歌だ。バスのアナウンスを取り入れた下の句も鮮やか。
青色の鳥の刺繍ができるまであなたは布を何度も返す
川上まなみ
当たり前のことを歌っているのだが、柔らかな情感があって、印象深い。鳥の青が目に浮かぶ感じがする。
二画目の払いが兄の持ち場なり丹波大文字点火五分前
山﨑惠美子
福知山市で行われている「大」の字の送り火。上の句が楽しく、兄への親しみもあろう。漢字がずっと続く下の句に高揚感が籠もる。