百葉箱2017年10月号 / 吉川 宏志
2017年10月号
三日月の内側のみを思う生(よ)とこの春気づき外側を見つ
し ん 子
内に籠もり、広い外側を見ていないことへの反省だが、「三日月の内側」のイメージが美しく、印象に残る一首となった。何があったかは分からないが、やはり春という季節が合う。
スマホにて撮られし映像両側が黒く狭まる中に雹降る
尾崎知子
ニュースで、一般人が撮影した映像が使われることが増えた。両側が黒い中に、白い雹が勢いよく降るシーンが、鮮明に目に浮かぶ。
きみの箸きみの茶椀と次々にしまっていく手きみ手放した手
森 富子
夫を施設に預けた後の情景なのだろう。「きみ」が使っていたものを次々に片づけていく自分の手を眺めつつ、後ろめたさと悲しみに襲われる。「手」の繰り返しに衝迫力がある。
小中学高校生と進んできた 初めての革靴初めての傷
川又郁人
高校で初めて革靴を履くが、すぐに革に傷がつく。そこに心の痛みも重なってゆく。まっすぐな歌い方の中に、清冽な哀しみがこもる。
手を振って手を振るしぐさ詠みおれば窓のむこうの夫が手を振る
西川照代
歌を作るとき、実際に体を動かしてみるのは、なかなか良い方法。ただ、ときにこんなことも起こる。額田王の歌も連想させ、楽しい一首。
電線がぎゅいぎゅいと鳴く そういえば入道雲の底は黒いね
田村穂隆
大雨が降る前の緊迫感がリアルに伝わる。擬音語や、「そういえば」がおもしろい。「底」もよく効いている。
昨日までサーブを打ってた君の書く小文字のgが傾いている
平野 杏
部活動が終わり、「君」は受験に専念することになったのか。「g 」という小さなものに、豊かな存在感がある。爽やかな相聞歌である。