百葉箱2017年3月号 / 吉川 宏志
2017年3月号
路地路地に虹の切れはし確めて府庁前にて虹に追いつく
田巻幸生
路地から部分的に虹が見えていて、府庁前の広い空間に出たとき、ようやく虹の全体が見えたわけである。すぐ消えてしまう虹に「追いつく」と表現しているところに、虹を探す行為のリアリティがある。
瘤白鳥 沼に生まれて沼にすみ沼より出でずひくく空とぶ
田中ミハル
沼の繰り返しがおもしろく、沼にずっと留まり続ける鳥の悲しみが伝わってくる。「瘤白鳥」という名前自体にも哀れさがある。この歌も「ひくく空とぶ」という結句の動きがよく効いている。
通学の自転車急な坂となりひとり笑えばみな笑いだす
みぎて左手
あまりにもペダルが重くなって、笑ってしまう。なるほど、若い学生ならよくありそうだ。それにつられて、みんな笑い出すというところに、自然な明るさがあって、楽しい。
このシャツを売ったあなたに会ってみたいわたしの身丈を持ったあなたに
落合優子
古着を買ったときの歌だろう。ぴったりとサイズが合っていて、自分と同じような身体を持った、見も知らない誰かのことを思う。リズムがいきいきしていて、自分の分身のような人への共感が溢れている。
君の汗タトゥのマリアの涙になりて下に敷かれた吾の胸に落つ
武田夏紀
性愛の歌だが、ノワール映画の一場面を思わせるような鮮明さがある。ほぼ文語調で、骨格がしっかりしていることにも注目したい。
銀塩にかすかな光を溜めながらカメラは星と一緒に動く
上杉憲一
「銀塩」は写真の感光剤。印象的な言葉である。星を撮影するために、カメラも少しずつ動かしてゆく。天文観察という特殊な現場を、詩的に昇華して歌っている。