百葉箱

百葉箱2017年2月号 / 吉川 宏志

2017年2月号

 切符買うあなたを柱の傍で待つここは私の住む町だから
                            芦田美香 
 「あなた」は別の土地に住んでいるので、毎回、切符を買っている。その様子から、相手との距離を感じている歌。「柱の傍」という場所の具体が効いているし、「ここは私の住む町」から、自分で生きている強さも伝わってくる。
 
 補聴器をつければ鈴の音長くして掌合わす響きやむまで
                            橋本英憲 
 補聴器をつけたときの実感が、繊細に歌われている。「響きやむまで」じっと神社で祈っている様子から、音を大切に聴いている敬虔さが感じられるのである。
 
 横揺れにぐあーんと歪む乳児室覆い被さるも二人がやっと
                             荒木みのり 
 保育士をされている人なのだろう。地震が起き、乳児をかばうために、覆いかぶさった瞬間を歌っている。「ぐあーんと歪む」から地震の激しさがよく分かるし、「二人がやっと」から必死に命を守ろうとする思いが迫ってくる。臨場感のある一首。
 
 除染にて殺(そ)がれし土に出でしかば石の鏃のこの冷たさは
                             横田竜巳 
 除染で土を剥がされた後に、太古の石器が見つかるということもあるのだろう。汚染がなければ、見つかることもなかった石の鏃。「この冷たさは」は、やや思いが強く出過ぎた感もあるが、どうしようもない虚しさが滲んでいる。過去の人類から見て、現在の我々は進歩していると言えるのか。そんな思いもあろう。
 
 泣いている理由は言わず人型を満たせるように子は育ちゆく
                              八木佐織 
 「人型を満たせるように」が不思議な比喩だが、確かにこの感じは分かる。見えない器を満たすように、子は成長していくのである。育児の現場でしか摑めない表現であろう。

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