百葉箱2016年2月号 / 吉川 宏志
2016年2月号
散り終えし頂越えてふたたびのウリハダカエデの黄に包まれる
江種泰榮
寒い山頂はもう裸木で、山道を下ってゆくと再び黄いろいモミジの中に入っていく。秋の山の風景の移り変わりを美しく捉えた一首。ウリハダカエデという名前が効いている。
もうだれも服部君の名を言はずハロウィン熱(フィーバー)狂くるほしきまで
豊島ゆきこ
一九九二年に、アメリカに留学していた十六歳の少年が、ハロウィンで誤射されて死亡した事件を踏まえる。当時は日本ではほとんど行われていなかったハロウィンが、今は大流行していることへの違和感がこもる。下の句の「熱狂」「くるほしき」の重複が気になるのだが、一人の死者を忘れないでいることも、大切なことだとおもう。
退院の日に履き替えるコンバース腰折ることのすうすうとして
吉岡みれい
この一首だけだと分からないが、出産して退院する場面。ずっとお腹に胎児がいて、久しぶりに腰を曲げたわけである。「すうすうとして」にその一瞬の実感が表れている。コンバースという靴の名が爽やかだ。
天井と壁の境目に目を据ゑて『銃口』の朗読いま始まりぬ
西内絹枝
三浦綾子の小説らしいが、『銃口』という題名にインパクトがあり、知らなくても、強い印象を受ける歌だろう。「境目」と「目」の重なりはやや惜しいけれど、朗読者の独自の強いまなざしが目に浮かぶ。緊張感のある一首である。