八角堂便り

浅間山 / 小林 幸子

2016年2月号

 五月中旬に、同人誌「晶」の仲間たちと浅間山北斜面に広がる「鬼押出し園」を歩いた。天明の浅間山大噴火によって流れ出した溶岩流が、様々な形の岩石となって重なり合い、不思議な空間を造りだしている。岩の間にはいわかがみや、山躑躅などのかれんな花が咲いている。
 溶岩群の上にからまつの芽吹きの緑が広がり、浅間山が立つ風景は美しい。
 その後に立ち寄った火山博物館で、天明三年八月五日の大噴火による土石流に襲われた鎌原(かんばら)村の記録を見た。「浅間押し」と呼ばれるこの大災害で、村人四七七人が亡くなり、観音堂の石段に逃れた九三人のみが生きのびたという。
 火山博物館では、浅間山の地底を体験する施設があり、マグマが沸騰する光景を目の当たりにして衝撃を受けた。
 博物館の前で帰りのバスを待つ私たちのために鶯がひたすらに鳴いてくれた。
 浅間山が炎を伴う噴火をして警戒レベルが2に引き上げられたのはその二日後である。鬼押出しにも火山灰が降った。
 御嶽山の大噴火につづいて、箱根山、白根山、桜島など、日本中の火山が活動期に入ったともいわれる。
 浅間山大噴火時のハザードマップを見た。溶岩流や土石流の流れる道筋と到達までの時間が記されている。
 軽井沢千ヶ滝にある葛原妙子の山荘は建て替えられて今は埼玉大学の山荘になっているのだが、土石流は三、四十分で到着が予想される。浅間山は山荘の近くにあって山のすがたは見えない。
 浅間山は活火山であり、小規模、中規模の噴火をいくたびも起こしている。
  草枯るる秋高原のしづけさに火を噴く山のひとつ立ちたる
                            『橙黄』
  寝がへりし四肢につたはる鳴動の微かに暁あけの山は噴くらし
  溶岩礫(ラババラス)打ちつつ落つる青き胡桃火(ひ)山に近きわが夜の家
  わがうしろりくぞくと姿増しゐたりいづこよりぞも溶岩の群
                            『薔薇窓』
  山屋(をく)に火山灰降り口辺に燦くフォークをわれは動かす
                           『をがたま』
 一首目は『橙黄』の巻頭歌、「昭和十九年秋、単身三児を伴ひ浅間山麓沓掛に疎開、防寒、食料に全く自信なし」という詞書を持つ。「火を噴く山」は妙子のシンボルのように視界に屹立していた。浅間山の鳴動が伝わり、火山灰が降り積もり、溶岩礫が胡桃を打つ世界に、妙子の歌は生まれた。『薔薇窓』の歌では、背後に迫る溶岩の群を幻視している。最終歌集『をがたま』の歌は、火山灰の降る中にフォークを燦かせ食事を愉しむ表情が浮ぶ。
 「異変」を恋うる妙子の歌には、浅間山の気配が濃い。
 今日も浅間山は白い煙を噴いている。

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