八角堂便り

犀星の短歌 / 三井 修

2023年4月

 能登の高校を卒業する前の最後の授業で現代国語の先生が「君達はこれから都会に雄飛するのだから(「雄飛」という言葉がまだ生きている時代だった)、郷土の二つの詩を覚えておいて欲しいと言って、教わったのが、一つは「ふるさとは遠きにありて思ふもの」で始まる室生犀星の詩「小景異情」であり、もう一つは戦国時代に越後の上杉謙信が能登七尾城を落城させた時に作ったという「霜は軍営に満ちて秋気清し」で始まる漢詩である。
 室生犀星は小説家、詩人として知られているが、実は短歌も沢山作っていた。没後に娘の室生朝子が編集した『室生犀星歌集』がある。ただ、結社には所属せず、主として詩集の中に短歌を収めている。どうやら彼にとってそれは短歌形式の韻律に基づく「詩」という認識であったようだ。その証左として彼の「短歌」は普通の一行書き、分かち書き、句間の一字空け、句読点のある作品もあり、表記上の統一性がない。
  小夜更けて霜やおりけむ/ひとり酌む/酒のうましも/うからねむれば、
                           (斜線は行替えを表す)
 家族があっても犀星は孤独であった。霜が降りるような寒い深夜、一人酒を飲んでいるのだ。そんな時、彼はきっと故郷金沢の事を思っていたのであろう。
  牧水は/「死か芸術か」をうたひ/されど自刃せず/畳の上で死にけり
 これは昭和初期に活躍し、最後は縊死自殺を遂げた小説家の牧野信一の挽歌の中に収められている。自死した牧野に比べて牧水の世俗性を批判している。因みに、この牧野もやはり不幸な生い立ちで、作品は母性憧憬の傾向があるというから、犀星は親近感を覚えたのかも知れない。
  ひつそりと芥川龍之介の/丈たかき歩みも/冬日のあなたに/消えゆきにけり
 犀星は大正九年に軽井沢のつるや旅館に逗留している。ここは堀辰雄や芥川龍之介の定宿でもあり、彼らの間の交流もあった。この一首、破調ではあるが、芥川のたたずまいを髣髴とさせる。
  偽らず媚びず嗤はずたゞ黙したまに泪す水の性かな
 水の性格を「偽らず媚びず嗤はず」と言っているのは、そのような人間を沢山見て来たためであろうか。
 率直に言って、犀星の「短歌」は上手とは言い難い。しかし、深い孤独感とそれと表裏一体の人恋しさが滲み出ている。
 その背後には、私生児として産まれ、生後直ぐに養子に出された彼の生い立ちがあるのであろう。彼の俳句に「夏の日の匹婦の腹に生まれけり」という句があるが、犀星の生い立ちは彼の文学に深い影響を与えたことは、彼の「短歌」を読んでいても感じられる。

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