百葉箱

百葉箱2016年1月号 / 吉川 宏志

2016年1月号

  舟いくつ流せば秋となる川か先きへ先きへと夏の雲湧く
                         山下れいこ 
 リズムがやわらかく透明感のある歌である。川の水の動きや、雲の動きが感じられて、晩夏のころの光を思い出させてくれる。
 
  天井を天丼と書いている遠藤をすぎてそれから広瀬も天丼
                          荻原 伸 
 テストの採点をしている場面か。あるいは机間巡視をしているところかもしれない。「天丼」と書き間違えている生徒に呆れつつ、苦笑している先生の姿が目に見えるよう。
 
  ばかやろうの野郎は結局おとこなり小さく言いてどぶ川に放る
                            金田光世 
 男に対して激しく怒っていた。しかし「ばかやろう」という罵倒語も男の言葉なのだ。男社会の中で生きている悔しさを、作者は改めて感じたのではないか。ユーモアもありつつ、深く考えさせる力がある。
 
  眠りいるあなたの息を聞きたればふいに感じる外側ここは
                          中田明子 
 やや観念的であるが、感覚はよくわかる歌。非常に親しい人であっても、自分はその「外側」にすぎない、という寂しさが滲んでいる。本質をストレートに摑んだ良さがある。
 
  スポイトで吸い込むほどに明け方の妻の寝息を引き取っておく
                            竹田伊波礼 
 同じような場面を詠んでいるが、こちらは比喩が斬新。「引き取っておく」が不思議な表現で、妻の息をそっと自分のものにした、という感じだろうか。静かな情愛が表れている。
  
  「東京へ行けば仕事は必ずある」言いし先生早逝したり
                         相馬好子 
 とてもシンプルな歌だが、深い哀感を帯びている。この先生自身も、東京で仕事をしたい思いがあったであろうことを想像させる。そしてその願望はついにかなわなかった。「必ずある」という言い方に、リアルな響きがある。

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