八角堂便り

田舎暮らし断簡―歌の底ひ⑧ / 池本 一郎

2015年10月号

  難聴は相手の人柄キャッチするまづ有難き妻の思ひやり
                          隅 一
 日本歌人クラブ・岩国大会の一首。難聴は生活や会議等でとても重大な問題。心身は平常なのに社会参加が不可能にもなる。相手から無視され軽視され小バカにもされる。「難聴は相手の人柄キャッチする」が極めて独特で、鋭い認識と表現である。補聴器・マイク等も大事だが、家族や人々の対応が肝心。もちろん医療も。福祉の最も届いてない分野だ。ちなみに鳥取歌会ではマイクを使っている。発声の弱い人にも大いに有効だ。久保田和子「耳病みて歌会やめたる人恋しユニークに詠う温き人なり」(『夫婦木斛』)
  抱きあふ習慣つひに持たざれば子らのからだに触れぬ年月
                          竹下文子
 「塔」10月号。家族でも幼い頃を除いて触れ合うことはない。死に際して母を抱いてハッとする。外国人はハグ(やキス)を自然にするのだが、とてもマネはできない。中国の街路で日本の若者がハグ活動?をするニュースがあって(昨年のこと)非常に驚いたものである。
 ところが、さても鳥取市で「フリーハグ」の活動が公的に始まった。同市の環日本海経済研究センター長でロシア人女性のチェブラコワ・イリーナさんら4人のグループ。「ロシア人にとってハグは日常的。親しみが伝わり心が元気になる」と同志と結成。米国に起源があり、街頭で抱擁して温もりや幸せを感じる活動「フリーハグ」に取り組むことを決めたそうだ。初回は8月1日、毎月1回開催するという。欧米通の進歩的と思われる女性に話したら、オーノー!と睨まれた。
  海見ゆる伯耆の山に碑がありぬ抑留されて逝きし人らの
                         本間温子 
 私の近くの日本海沿いの馬の山に慰霊碑が立つ。海の向こうに隠岐島が見え、はるかナホトカやウラジオストクに正対する。かつて60万人が抑留され、約6万の人々が死去したシベリア。この碑は鳥取県人三百余人の霊を祀る。本間作品は「倉吉文芸」の受賞作だが、「わが町の小学生とほぼ同数 三百人がシベリアに死にき」と続く。わが町は県中部の三朝温泉の町。小学生全部とほぼ同じ数の三百。大歴史が顔の見える実感に繋がる。それがどんなかけがえのない数か、わが子らを通して思い知らされる。
 香月泰男の生家を訪ねたことや、シベリア抑留の体験を描いた「埋葬」など一連の強烈な絵のことも思い出される。
  枝ごとに紅と白とを咲き分ける花桃の木が春を言祝ぐ
                        加藤都志恵 
 「塔」作品。一枝ごとに紅と白。花桃や梅や結構多いが不思議この上ない。箱根空木の紅白は別で、咲き初めが白で後に紅変。酔芙蓉も白から紅へ。興味が尽きぬが「一枝ごと」は全くナゾ。そもそも色素は根・幹・花のどこにあるか。虚子「紅梅の紅の通へる幹ならん」。

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