百葉箱2022年7月号 / 吉川 宏志
2022年7月号
歩く余地なくなるほどに椿落つ遠き地雷がひとつ踏まれて
一宮奈生
びっしり落ちた椿と、遠い戦場が、言葉によって結び付けられ、意外なくらいなまなましい印象を受ける。
もたれてもどこかに力が入ってる生きていくことおしえてくれる木
落合優子
完全に他者にもたれることもできないのが、生の真実。それを木が教えてくれると歌っている。発想に不思議な味わいがある。
遠きより集落に向け撒きしよう道まがるたび小さき墓あり
菊沢宏美
村の墓が、誰かに撒かれたようだ、という比喩が新鮮で、凄みもある。確かに、田舎に行くと墓はそんなふうに散らばっている。
プーチンも歯を磨くだろう吐き出した泡に一すじ血色が混じる
永久保英敏
独裁者も自分と同じ人間なのだ、と思うとき、妙な感覚に襲われることがある。具体性が効いていて、強い説得力がある。
抽斗ゆ小さきお菓子が出でてきぬわたしの栗鼠が貯めて忘れき
白石瑞紀
自分の中に居る栗鼠が、お菓子を保存しているのだ、という発想が面白く、かわいらしい。
どうしようもなく奪い合う世の中でおれだけが知るおまえの枝毛
君村 類
戦争や貧困を背景とした歌だろう。その中で「おまえの枝毛」だけが確かなものなのだと歌う。はかないが、かすかな希望も感じさせ、心に強く響く一首である。
只今から大綱引を始めます飛行機雲にお集まり下さい
東大路エリカ
飛行機雲を綱引きの綱にたとえた。絵本のような情景が目に浮かぶ。運動会のアナウンス風の口調も楽しい。
青と黄のコースロープに歩みつつ国を脱
中村美優
青と黄色のウクライナ国旗を詠んだ歌は多いが、この歌は視点が珍しいと思った。水中歩行の動きにくさと、国外脱出の困難さを重ね合わせる意図もあろう。
戦争も歌にするのと問うきみに一拍置きてうんと答える
仲原 佳
他国の苦しみを短歌の題材にすることへの疑問は、誰もが抱えているだろう。「一拍置きて」に後ろめたさがあらわれているが、やはり歌うしかないと決意する。共感し、考えさせられる一首。
この世のちくわすべてに穴が空いてゐてときどき死者がこちらを覗く
千葉優作
ユーモラスな歌だが、何百万個もあるちくわのひとつひとつに死者の眼がある様子を思うと、ぞっとしてしまう。
なめらかに鴨連れ立ちて進みゆく川の幅まで波紋を広げ
伊丹慶子
下の句の「川の幅まで波紋を広げ」という視覚的な表現が良く、臨場感のある歌になった。
はちみつを垂らしきれずになめとってそういうところだお前の弱さは
中型犬
細かい動作を丁寧に把握した上の句が印象的で、下の句の自虐的な思いに、くっきりとした輪郭を与えている。