百葉箱2022年1月号 / 吉川 宏志
2022年1月号
かさかさと落ち葉のなかを駆けてゆけかかとに貼りし子の絆創膏
西之原一貴
「か」の音が響いて軽快。「絆創膏」という細かいものに焦点を合わせ、印象鮮明である。
ないあれどまったく起きぬ吾子なれば揺れやむまでを上から見守る
岡本 潤
地震でも目を覚まさない子にちょっとあきれ、しかし愛情深く見守っている。「上から」がいい。
今しがた蒔きたる蕪の種ひとつ蟻が掲げて畝渡り行く
壱岐由美子
細部に注目し生命感のある一首。農の生活感もある。
吾子の墓に我が名も赤く彫りたるが赤消えかけて共にありなむ
峰 はるか
子が先に亡くなった悲しみの深い歌。やわらかな韻律と、赤の色彩が心に沁みる。
遠近法などなくて良いのだ平面の二人となりて永久の抱擁
古関すま子
平面に閉じこめられるほうがむしろ幸福なのだ、という認識がおもしろい。絵の歌だが、絵を離れても成り立つ気もする。
知りたいなら汝の虚を見せてみろと埴輪おとこが洞から覗く
鹿沢みる
埴輪の目によって、虚を持たない人間の不確かさが逆に照射される感がある。上の句の埴輪の言葉にインパクトがある。
炉のボタン今は選択出来るらし義姉
河上奈津代
火葬炉のボタンを押せなかった兄への深い思いが、淡々とした表現から伝わってくる。
飛び級をしたかのように秋になる涼やかよりも冷たいピアス
佐復 桂
「飛び級」の比喩がユニーク。下の句も感覚が繊細である。
わたし越しに窓の写真を撮る人の特急まつかぜ海を映して
丸山恵子
他人からこのように写真を撮られることはたまにある。その違和感をうまく捉えている。結句「映して」が動くかもしれない。
随身門を入るカマキリ追ひこして朝の祈りの声に寄りゆく
岡田ゆり
随身門とカマキリの対比がおもしろい。「声に寄りゆく」にも寺の静かな雰囲気が出ている。
蔓廻りしヒメツルソバを引き抜けばプツプツはずれる大地の釦
成瀬真澄
ヒメツルソバの花は確かに「釦」の手ざわりがある。
夕やけが葉の秋をつくる何にでも謝る人の平らかなる影
永野千尋
上の句は工夫のある表現。「平らかなる影」に卑下する生き方への違和感がにじむ。
君と違うワクチンを打ついずれにせよどちらかだけが生きる日は来る
中井スピカ
いつか死別することを、ワクチン接種から思った、という発想に意外性があり、何か納得させられる表現の力がある。
線香の香りでわかる廊下より風が知らせる死亡退院
濱本 凜
病院の関係者で、しばしば経験しているのだろう。「死亡退院」という言葉が重く迫ってくる。
続柄・友、ではだめなのか病院のここからむこうは壁がきいろい
的野町子
コロナ禍で親族以外は面会できないのだろう。壁の黄色に、苛立ちなどさまざまな感情が籠もる。初句の切れも効果的。
立ちつくす白鷺突如一本の白線となり湖面飛び去る
亘 ゆり
「白線となり」から鷺のなめらかな動きが伝わる。「白」の重複が、ややくどいように思う。