百葉箱2021年1月号 / 吉川 宏志
2021年1月号
「お葬式もすませました」と言ふ声をあなたと話してゐるやうに聞く
林 雍子
亡くなった友人の娘と会話した場面だろう。声が似ていて、本人と話しているような不思議な感覚と、悲しみが押し寄せてきた。
群れ一つ引返しゆくなかにして一羽の鴨がそのまま泳ぐ
川口秀晴
鴨の動きをシンプルに歌い、静謐な雰囲気がある。
6と5に白い車が7と8に黒いアスファルトがある夜だ
吉岡昌俊
数字が印象的で、モノクロームの写真のよう。下の句の変わったリズムも面白い。
さりさりと縄綯うように秋がくるひとりとひとりで二人の家に
数又みはる
意外な比喩だが不思議に納得させられる。二人の関係も縄のように絡み合っているのだ。
スーパーのレジに並べばわれもまた隔てらるべきひとりの他人
北島邦夫
自分も人から見れば他者なのだ、という気づきを、コロナ禍を通して鮮明に歌っている。
落とし物しりませんか黒いバラ喪服の襟からこぼれてしまって
水野直美
話し言葉が生きていて、葬儀に行ったときの、非日常的な感覚が切り取られている。
いつまでも見てゐたき木の夕焼けてまたひとつわれに昨日のふゆる
福田恭子
やわらかな韻律の中に、時間が過ぎてゆく哀感が滲む。
悲しみをシェアせむと云はれピザみたく薄ぺらになるわれの悲しみ
大江裕子
「悲しみをシェアする」という言葉の欺瞞を厳しく批判する。比喩にインパクトがある。
露ふふむメヒシバ、ツユクサ刈りゆきて重くなる機を腰で動かす
長谷川愛子
草刈り機を「腰で動かす」に身体的な実感がある。
写メールの父に酸素の管ありぬトウモロコシの髯むしり取る
小澤京子
「酸素の管」と「トウモロコシの髯」の組み合わせが衝撃的で、痛ましさが伝わる。
「数日で五百件ほど処理できた」させた公社が自慢げに言ふ
岡本 妙
「できた」のではなく「させた」のだという怒り。「自慢げ」はやや言い過ぎかもしれないが、この歌では必要な一語だろう。
アボカドが手榴弾めくと言いおりし亡夫には恐ろしき過去のありにき
山代屋貞子
「恐ろしき過去」が普通は言い過ぎなのだが、これでしか言えない思いが籠っているように感じた。語れない戦争の傷。
打ち寄せる波は硝子を丸めるから世界はどこか丸みを帯びてる
渡邊東都
下の句への展開がダイナミック。地球を青いガラスのように感じているのかもしれない。
わたしには見えぬ黒子に触れながら掠れた声でこいぬ座と言う
榎本ユミ
性愛の場面を、声を中心に描く。「こいぬ座」が印象的。
角ごほりの凹みのコーヒーひとつづつストローに吸ひ、この夏をはる
高阪謙次
トリビアリズムだが、誰でもやったことがあるような内容なので、ハッとしてしまう一首。
輪(ループ)から次の輪(ループ)へ鬼やんま飛びたる昼を光る岬よ
山尾 閑
鬼やんまが大きな輪を描いて飛ぶ様子だろう。その輪の中にある岬に絵画的な美しさがある。
右頬を北半球に押しあてる蝶の番の馴初めを追う
鹿沢みる
上の句のスケールが大きい。蝶の「馴初め」は奇妙な表現だが、何か気になる魅力がある。