百葉箱2020年2月号 / 吉川 宏志
2020年2月号
みほとけのおとがひよりも耳朶ながくうす暗がりの鈍き金色(こんじき)
藤木直子
仏像の耳の長さが、柔らかなリズムで歌われている。薄闇の中に、金色の肌が浮かび上がる様子が、目に見えるような一首。
護衛艦「いずも」に祀らるる大社(おおやしろ) 戦に縁なき縁結びの神
小山美保子
出雲大社が艦内に祀られているらしい。何のために、という驚きと違和感が伝わる。「縁」の繰り返しに、捻りがある。
宴会の終わりに皆で合唱す「解剖の歌」腕組みながら
石飛誠一
医学部の同窓会らしい。「解剖の歌」にインパクトがあり、笑ってしまうが、卒業生にとって懐かしく大切な歌なのだろう。
鋳掛屋のブリキの屋根に乗せられた石も鋳掛屋も消えて久しき
井上政枝
屋根の石という細部に焦点を当てたことで、存在しない家の幻影が立ち上がってくる。「鋳掛屋」の繰り返しにも味わいがある。
おばれ岩に差しかかりたり亡き友と雨の中見しササユリの花
加藤武朗
「おばれ岩」は御在所岳(三重)にある奇岩。かつて友人と来たときには咲いていた花を思い出す。具体が生きている、しみじみとした歌。
絵巻前のガラスに付きし鼻先の跡拭く時期を窺う職員
塩見香保里
やや言葉が詰まった感じがするのは惜しいが、題材がとてもおもしろい歌。
ごみ捨て場を見張る鴉よ知ってるかカラスのポーズがヨガにあること
村上春枝
これも楽しい歌。迷惑なカラスだが、人間とは昔からの付き合いなんだなと、ちょっと親近感を抱いて、呼びかけている。
わたくしにもっとも近い枝としてまつげは頬にかげを落とすの
山名聡美
まつ毛を自分に「もっとも近い枝」と捉えた発想が新鮮。「落とすの」という口語も良く、どこか淋しさも含まれている。
旅番組のカメラは寺へと曲がりたり叔母ゐぬ家をなぞりて過ぎぬ
赤岩邦子
叔母は亡くなっているのだろう。一瞬家が映ったときの驚きと懐かしさが、「なぞる」という動詞でうまく表現されている。
柿の皮とぎれとぎれにむいてゐた灯りの下のきいろいわたし
中村みどり
「きいろいわたし」によって不思議な印象が生み出されている。柿の色、灯火の色に染まった少女期の自分を、外側から見ているような感じがある。
春照(すいじょう)という名の町を知るゆうべ自転車の輪はしずかにまわる
高松紗都子
「春照(すいじょう)」は滋賀の米原市にある地名という。魅力的な固有名詞をうまく生かした歌。下の句はいろいろな解釈ができるが、自転車で走ったときに、春照という町名を見つけたのかもしれない。
鷹柱(たかばしら)徐々に崩れて一羽ずつ逡巡無きや南に流る
佐藤裕扇
「逡巡無きや」がやや言い過ぎだろうが、鷹を見つめる鋭い眼差しが感じられる一首だ。