百葉箱2019年11月号 / 吉川 宏志
2019年11月号
夕立にぱたぱた窓を閉ぢてのちぱたぱた開けて夕焼けである
小林真代
「ぱたぱた」の繰り返しが慌ただしい時間をよく表している。結句の「である」で、夕焼けの鮮やかさが強く目に浮かぶ。
しやうがないしやうがないとぞ思ひをる心の窪に雀きてゐる
千村久仁子
これも繰り返しが効いている歌。現実とも幻とも思える雀の存在感が印象的で、放心している様子が伝わってくる。
大蛇(おほへび)は一刀に斬られ、へびがはを被れる黒子八人が散る
伊藤京子
大蛇を退治する祭礼の様子がいきいきと描かれている。下の句で「黒子八人」と数にまで注意しているところがよかった。
山ぼふし麦わらぼうしわが亡子一夏しみじみ口ずさみをり
三上糸志
「ぼうし」が繰り返され「亡子」につながり、はっとさせられる。それが口癖になり、夏の間ずっと口端に上がっていたのだろう。透明な哀感のある歌である。
来るときは緑の雨で帰るときは白い雨だと子は見上げいる
松本志李
小雨から夕立になったのだろう。子どもの言葉に感心し、いっしょに雨を見上げている作者の姿が目に見えるようだ。
生返事するときいつもゆふぐれの雁を見送るやうなあなただ
千葉優作
全体のリズムがよくて、ぼんやりと空を見上げる「あなた」の存在感が、強く迫ってくる。「雁」という古典的な素材を、うまく現代に生かしている。
龍三よ八月だけやないんやで笑つてゐない軍装の父
林 龍三
八月しか戦争を思い出さないような現在の日本を危惧する歌。「龍三」という人名や、関西弁が、いい味わいを生み出している。
傘を一部屋と数えてよいのならこの一部屋にふたりきり、今
小松 岬
選歌後記に引かれた歌は取り上げないようにしているのだが、この歌は格別に良かった。発想がとてもみずみずしく、「一部屋」という言葉に、優しさと切なさを与え
ている。口語の自然なやわらかさ。
お城見て住みたいと言ふ人よりも掃除が大変と言ふ人が好き
本田 葵
なるほど、こんな何げないところに、日ごろの生活感が出てしまうのか。掃除の大変さを知る人への共感が、伸びやかな文体で歌われている。
指よりも早くスイッチ押している爪よ私に夜をください
滝川水穂
細かいけれど、おもしろい発見である。夜に一人で家に帰り、爪が電灯のスイッチに当たるときの寂しさが根底にあるのだろう。
参政権得し婦人らの黒羽織思いつつ行く期日前投票
田島千代
敗戦後、初めて女性に参政権が与えられたときの情景を想起している。「黒羽織」が印象的で、当たり前のようにある参政権を、改めて重く感じたのだろう。