百葉箱

百葉箱2017年7月号 / 吉川 宏志

2017年7月号

  送りくれし写真のままの教会の屋根を見下ろす息子の部屋に
                              仙田篤子 
 海外に住んでいる息子の部屋を初めて訪れたときの歌。一緒に同じものを見ることができた喜びが、淡々とした表現から伝わってくる。「教会の屋根」にも静かな味わいがある。
 
  にはとりの卵に模様なきことを思へばしづかなる冬銀河
                            千葉優作 
 近景と遠景の取り合わせ方に、俳句の手法を感じるのだが――たとえば「壜中の蝮の夢や天の川(高野ムツオ)」――卵に模様がない、という認識がとてもおもしろい。もし模様があれば、木星のようになるのか。そんな想像を誘う。句またがりのうねうねとしたリズムも効いている。
 
  四月なり薪ストーブは鉄の色くろぐろ見せて家具に戻れり
                             水越和恵 
 冬の間は赤く燃えていた薪ストーブが、周囲の物のなかに潜んだように見えている。「鉄の色くろぐろ見せて」から強い手ざわりが感じられる。
 
  わたくしの笑顔はどこか下向きで蒲公英と目が合ってしまうよ
                               佐伯青香 
 とても素直な調子の歌で、結句の口語に、明るい哀感がある。うつむきがちな日常の中に、人恋しいような思いもあるようである。
 
  あかときの空見らるるを褒美とし二時間おきのミルク作れり
                              丸山真理子 
 育児のために二時間ごとに起きなければならない大変さ。しかし、今まで見たことがなかった暁の空の美しさを知ることができた。そんな小さな喜びを支えとして生きている母親の姿に、胸をうたれる。
 
  闇に溶け居なくなりさうなわれの身をつかまへててよ風の過ぎゆく
                                 臼井 均
 不安のために、何にでもすがりつきたい思いを、口語で切々と歌っている。「つかまへててよ」に、不器用な哀感が漂う。そして結句で、冷静な自分に戻ったような趣がある。

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