百葉箱

百葉箱2017年6月号 / 吉川 宏志

2017年6月号

  傘させば雨音は耳のそばにあり冬のくすのき青々として
                            山川仁帆 
 上の句のなにげない発見にリアルさがある。下の句との取り合わせも清新な感覚である。
 
  花瓶にも横顔があると言うひとの窓に向けたるよこがおのあり
                               石松 佳 
 横顔と壺が見える有名な騙し絵を思わせる。上の句の人の言葉が印象的で、静かな哀感も帯びている。
 
  たんぽぽの茎が空洞であることを世界の秘密みたいに君は
                             長月 優 
 何でもないことも、君に言われたときには、二人だけの「秘密」のように感じられる。「君は」で終わる結句に、喜びが溢れている。
 
  ポスターのすべてを剥がし終えたとき真白き壁立ちはだかりたり
                                小圷光風 
 「立ちはだかりたり」に力があり、白い壁が迫ってくる。意味をはぎ取られた物の存在感である。
 
  畑に座し手で土塊をくだきたり糸水仙の黄色のゆるる
                           丸山真理子 
 土くれを砕くときの手ざわりと、花の可憐さが組み合わさり、味わい深い。「糸水仙」という名も良い。
 
  講堂へ順に連れゆくエレベーター一基に車椅子四台ずつ
                            吉田 典 
 講堂で集会があり、大人数を移動させているのだろう。事実を淡々と描いているが、介護の仕事の現場がくっきりと見えてくる。
 
  百時間超えて残業せし夫は今年の花の遅きこと言う
                          小澤京子 
 これもシンプルな歌だが、過労の時間と、自然の時間とが響き合って、奥行きのある一首となっている。
 
  俺は知っているこのイルミネーションが直列回路だということを
                                太代祐一 
 光の美しさよりも配線を見てしまう「俺」の孤立感が伝わり、独特の一首となった。文体に勢いがある。

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