熊蜂とその周辺 / 真中 朋久
2017年11月
花の蜜や花粉を集める蜂にもいろいろいる。得意不得意もあるようだ。
縄暖簾のごときを分けて黄のむねの熊蜂は消える藤のなかへと
松村正直『風のおとうと』
初夏のころの、藤棚にやってくるのは熊蜂。その名もキムネクマバチというのがいて、全体は黒っぽいが、胸の部分が黄色い毛がはえている大型の蜂。藤の花などは、上手にこじあけないと蜜を吸えない。そういうことが得意であるらしい。かなり近くに寄っても、ほとんど気にせず、つぎつぎ花の中にもぐり込んで自分の仕事をする。人を襲うことは滅多に無い。花に酔っているようで、そうすると、なるほど垂れた房花は縄暖簾にも見えて来るだろうか。
藤棚の花にこもりて熊蜂の翅音ふるふ下をば通る
宮英子『婦負野』
翅音が、まさしく「ぶんぶん」という感じだが、リムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」という曲は、別種のマルハナバチのことだという。
「熊蜂」「熊ん蜂」という呼び方は、そういうわけで、少し注意を要する。
熊蜂はホバリングして吾を見つうかがうように詰め寄りてくる
大島史洋『封印』
さきに述べたように、クマバチは人を威嚇したりすることは少ない。これはクマバチなのかどうか。
滅びたる熊蜂の大き褐色の巣いつまでもあり変化して行く家族
高安国世『街上』
熊ん蜂の大き巣玉を簷にして玉屋を名とする旅籠(はたご)のありて
太田靑丘『わが地球』
小さいものは徳利状、壺や甕を思わせる大きな巣をつくるのは、スズメバチ。地方によっては、これも「熊蜂」や「熊ん蜂」と呼ぶことがあって、間違いとは言えない。文芸は図鑑ではないので、「熊蜂」と記されて、じつはスズメバチというのも、けっこうある。
クマバチのほうは、枯れ木の幹に穴を穿って巣をつくる。
軒のたるきに穴を穿ちたる熊蜂がをりをりにして帰りくる音
岡部文夫『寒雉集』
家の木材に穴をあけられるのは、それはそれで困ったことだ。
さらに、スズメバチもそれぞれの地方で別の呼び方があったりする。
こもり淵たたへがうへの岩の秀に赤蜂(あかばち)の巣はかかりけるかも
齋藤茂吉『ともしび』
茂吉には「赤蜂」の歌が四首あるが、これはキイロスズメバチのことであるらしい。「赤蜂」は、ほかにニホンミツバチに対して黄色の目立つセイヨウミツバチのことを「赤蜂」と呼ぶこともあるのだとか。ややこしいことだ。