八角堂便り

高安国世の『万葉のうた』 / 山下 泉

2025年11月号

 高安国世には『万葉のうた』(『万葉の歌をたずねて』1963年創元社刊の改版)という著作がある。万葉集の入門書なのだが、その初学期から慣れ親しみ敬愛を深めてきた万葉集の鑑賞文は、短歌の実作者として、西欧文学の研究者としてのスタンスに支えられた独自のものである。
 水沢遙子氏は『高安国世ノート』(2005年)の中で「万葉集の歌のかたわらに西洋詩の世界を置いてながめてみるというところが、ほかの多くの万葉集の入門鑑賞書とちがっており、外にひらけていて何かすがすがしい風が吹き入ってくる感じがする」と指摘する。「はじめに」では、「私が日本文化を思うとき、いつもそこには万葉集があるのです。(中略)いくつかの万葉の美しい歌があれば、全世界の文学に対抗できるような力を感じるのです。」と述べ、一九五七年に四四歳で初めて渡欧した高安の「心の中核部に万葉集と、それを基本にした自己の現代短歌に対するひそかな信頼」が、創作者、文学者としての詩精神を支えていたことがわかる。
  朝影に吾が身はなりぬ玉耀かぎるほのかに見えてにし子ゆゑに
                        人麿歌集(巻十一 二三九四)

 この歌について高安は「思想的になやんだ若いころ、寝不足のたよりない気分で、まぶしい朝の光の中に立つと、ひとしお自分の身がおぼつかないものに思えた」と内省し、次の自作をもって内観的な見方を示している。
  みづからが影の如くも思ほえて舗道をよぎる時々があり
                           『Vorfrühling』

 「別れのあとの頼りない気持ちを表した」という古代の人の意識体験に迫る読みだろう。また人麿の亡き妻をしのぶ長歌(巻二・二一〇)の結句が「玉かぎるほのかにだにも見えぬ思えば」であることも言い添えている。「朝影に」の歌は、仮初に会ってその後どこかへ遁走した処女子(おとめご)を詠うものだが、「うつせみと 思ひし時に」と始まる長歌のこの結句は妻との断絶を表し、柿本人麿の「死の認識や「うつせみ」観」等を考究する内藤明氏の「うつせみ」の論(『万葉集の古代と近代』2021年収載)が想起されるところでもある。
 さて、『万葉のうた』の巻末には「私の万葉小紀行」が、「当時とは飛鳥地方もだいぶ変ったけれども、私としては愛着もあるのであえて」と断って新しい地図とともに再録されている。日本人の祖先がそこで生活し折々の哀感を托して歌ったその土地は、もう当時とは何の関係もなくても、今のうちに一度、大和、飛鳥の地を訪れて、地勢のもつ語感やおもかげを感じてほしいと述べる。さいごに記された歌が第八歌集『虚像の鳩』所収であることを知り私は不思議な喜びを感じた。
  雲低く日ぐれのごとき風吹けば野にいつよりか電線を見ず
                            『虚像の鳩』
  熊笹を切りしだきたる径のぼる松揺れてほのぐらし香久山
                             同

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