百葉箱2025年11月号 / 吉川 宏志
2025年11月号
箱ばかり作る店あり箱ばかりできあがるのを眺めておりぬ
中井スピカ
語を繰り返すことで、シンプルな作業を見ている面白さが伝わってくる。
叔母も姉も湯船の中にて逝きたればわれもと思いいいえと思う
沼 寛子
唐突な死を願い、すぐに打ち消す。下の句の振幅する文体で、心の揺らぎを表現している。
これはきつとわたしのつけた鍬の跡傷口黒ずむじやが芋をむく
今井早苗
勢いのある上の句と、くっきりした描写が印象的。
性別が気温の高さで決まるとう石亀音を立てて葉を食む
小圷光風
上の句の科学的な面白さ。石亀の姿もいきいきしている。
白鳥のようなケーキはテーブルの真ん中でまだ断面見せず
西村鴻一
クリームの白さを比喩で歌う。切られるまで存在しない「断面」に、不穏さも感じられる。
いかような技能を習得できるとやレタスのために腰を虐めて
海野久美
海外からの技能実習生を、農作業で酷使する現状への批判。体験に基づいた痛みがある歌。
もういいよとあなたが笑ういつだってゆるされるのはわたしの役目
藤田ゆき乃
「あなた」は許すことで優位な立場に立とうとしているのではないか、という疑念。
前の人のSuicaの残高少なくて海から帰るところとおもう
松浦やも
細部から大きな世界を想像し、爽やかで独自性がある。
「ふるさと」の正午のメロディ重なりぬ終戦の日の黙祷のなか
俵山友里
実景だが、故郷と戦争の深い結びつきも感じさせる。
手探りに安全ピンを取り外し腕章の裏の湿りを拭う
永野千尋
投票所の仕事を詠む。具体的な行為の描写が印象深い。
闘病は残る者への準備期間やらざりし家事こなすといひぬ
いとう 琳
闘病の間に、夫には家事に慣れてもらわねばならない。非常にリアルで、胸に迫る歌である。
涙腺はこんな時にも緩むのか母の最期の入所費払う
徳野明了
母が施設で生きた日々を思い、悲哀が押し寄せてきた。
青磁色のプラスチックのバスタブに屏風のごとく体折りたたむ
比嘉道子
入浴を「屛風」にたとえたのが鮮烈。なるほどと思う。
アナグマは脂がうまいと言う猟師皮を切るとき刃の向きは上
内海誠二
迫力のある題材。刃の細部に注目しリアルさも生じた。
串はずし遺影の父母に供えたる焦げの透けたるみたらし団子
小原文子
タレが透けて焦げが見えるという細かな描写により、仏壇の様子が目に浮かんでくる。
注文の声が擦れて言い直し一人暮らしの長さに気付く
川崎雅昭
独りなので声を出す機会が少ないのだ。哀感の漂う歌。
センサーで飛び出す手水が熱くって清められた気しないお参り
髙月レモン
真夏の神社でよくある場面。水に清涼感がなく、浄化されないという発想がユニーク。
トカゲ、ヘビ、カエルざわめく畔草を夏の曙刈る刈る刈る刈る
保母康裕
結句が大胆で、勢いがある。生命感が溢れた歌。
晴れた日はキックボードが寝癖ごとスーツの君を連れ去ってゆく
小林裕美子
現代的な通勤風景。「寝癖ごと」が新鮮な表現で、「君」を見る目に愛情がこもっている。
映画より公園になりたいと言う 誰も振り向かないような声
なずしろ
不思議な感触の歌。皆に優しい存在になりたい、という思いか。でもその声も届かないのだ。