百葉箱2024年12月号 / 吉川 宏志
2024年12月号
合唱仲間で作りし祭壇かこみ歌う あなたの聲が合わさってゆく
中山惠子
亡き人の歌声が幻のように聞こえたのか。録音と共に歌っているという解釈も可能か。
春秋座にきみをみつけてみつめをればわれをみつけしきみとなりたり
岡本伸香
互いに気づき合う様子を、じつにユニークな言い回しで表現しており、はっとさせられる。
強豪校の球児の胸板厚けれど地方の子らのまだ細き背
堺 礼子
なるほどと思う把握。胸板と背の対比が効いている。
かたち見てピースを嵌める義父の手に工場勤めの勘の残りき
川述陽子
精密機械の組み立てをしていたのだろうか。義父の手の動きが見えるような歌。
白昼にあひ抱きたる若きらのつむじ二つを吾は見下ろす
佐藤涼子
見たものだけを描写し、内面の苦渋が伝わってくる。
住む人の居らぬ実家のクーラーはひとりでフィルター掃除してをり
大江裕子
新しい題材を歌い、無人の家の空虚感が描かれている。
もう歳時記のやうに季節は移ろはず日傘の小学生の列ゆく
岡本康江
上の句は皆が共感する表現。下の句が印象的である。
この人を置いて死ねぬと常言いし人みまかりぬこの人置いて
林 貞子
淡々と歌うことにより、死のあっけなさが強く迫ってくる。
君とまだ敬語で話していたころに寄ったケーキ屋 黄色い窓の
真栄城玄太
恋人との距離感が変化する様子を、リアルに歌っている。結句の色彩が印象に残る。
「麗月」は母の戒名 麗月という名のトマト薄く切る夜
佐伯青香
戒名とトマトの組み合わせが鮮烈。「薄く切る」も良い。
ようやくに雲が光をとおざけて夏の終わりをつくりはじめぬ
田中恭子
平易な言葉を使いつつ、夏の終わりを新鮮な感覚で捉えている。動詞に工夫がある。
レジ横に長く貼られしチラシあり風景となる誰かの切実
朝日みさ
行方不明者を探すチラシか。切実な訴えだが、やがて見慣れた風景になってしまうのだ。
盆のきてひとり桃食う疵多き肌
小野まなび
下の句が具体的で、なまなましい触感のある歌になった。
熱のある子の責任者になる夜にカロナールならある大丈夫
黒澤沙都子
一晩、一人で子を守らねばならない不安感。結句の口語に強い臨場感がある。
コロナ禍に続く戦禍のウクライナガザ〈しみませんよう〉死む
今井由美子
上の句の羅列はやや惜しいが、幼児の言葉には、大人の心を打つものがある。
台船の二艘ならびて打ち上ぐる花火の位置の今し定まる
清水久美子
船から打ち上げる花火。簡潔な描写が、位置を決めるまでの時間のたゆたいを感じさせる。
ボリュームが壊れてますね蝉が鳴くシマトネリコにつまみつけたい
ひろうたあいこ
ラジオのように音を小さくしたい、という発想がユニーク。木の名前も効果的だ。
ミツマタの木の柔らかさ語りつつ友は赤き枝
平田瑞子
紙漉きの材料の木。情景が鮮明に歌われ、味わい深い。
どんな水にもうつりこむ月となりあなたに汲まれつづけてゐたい
藤田ゆき乃
夢想にみずみずしい美しさがあり、心に残る一首だ。
読んでいる本の表紙は青かった 雲が集まりだしたそのあと
森久保りりか
口語の響きが柔らかく、青が心に漂うような歌。