海に風 / 山下 洋
2025年8月号
関東に向かうとき、いつも楽しみにしている風景がある。新丹那トンネルに入ると、今か今かとこころ待ちにしてしまう。トンネルを抜けた瞬間に広がる海である。好天なら、きらきらと輝く波が迎えてくれる。あの島影はきっと初島だ。
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ
源実朝『金槐和歌集』
立ち位置は全然違うのだが、思わず実朝の一首を口ずさんだりしてしまう。突然に視界が開け、眼下に海が見えたときの、なんとも言えぬ感覚がくっきりと伝わってくる。いい歌だと、改めて思う。この沖の小島(初島のことか)の点景も印象深い。
そう言えば、あれは何年前のことだったろうか。熱海で新幹線を降りて東海道線に乗り換え、根府川駅に向かったことがあった。「根府川/東海道の小駅/赤いカンナの咲いている駅」ではじまる詩に引っ張られてのことだ。
水平線を見渡せるホームから、長い階段を駅舎まで上った。詩の一節が額縁に飾られている。
沖に光る波のひとひら
ああそんなかがやきに似た
十代の歳月
茨木のり子「根府川の海」
ふだん海を見ることのない毎日を送っているので(海を見ているということは、すなわち旅に出ている、ということ)、海に惹かれるのかもしれない。
そもそも子どもの頃、小学校にもまだプールがなかったし、地域の子供会でバスを仕立てての海水浴は琵琶湖だった。つまり海と言えば、琵琶湖のことだったのである。海水は塩水である、というのは知識として知っているだけで、決して体感ではなかったのだ。
しかしさすがに何十年もの時を経て、あちこちの海を眺めてきたというのに(大西洋だって見たことがあるのに)。なにゆえ相模湾がこんなに気に入っているのだろう、と考え込んでしまって。ようやく思い出した五十年近く前のわがルーティーン。
三浦半島の西岸にあった実験所に、年に四、五回通っていたのだった。小田原で新幹線から在来線へ、大船で乗り換えて逗子へ。そこからはバス。葉山を経て、横須賀へ。相模湾岸に出ると、車窓に横たわる水平線が、ゆるやかに弧を描いている。はるか彼方まで見通せているようで、毎回、その景色に酔っていたのだ。ラボを辞して四十数年、次第に記憶が薄れていたんだ。そんなラボ時代に、大学短歌会、続いて塔に入会した。
その頃に出会った忘れがたい一首。
はっか菓子嚙みいる時も海に風輝くばかりの夏は恋しき
藤岡(沼波)明美「塔一九七六年十二月号」