百葉箱2026年2月号 / 吉川 宏志
2026年2月号
しろそこひ患う夫がいつよりか蒸かした芋のようにやさしい
菊井直子
初句は白内障のこと。比喩に意外性があり、どんな優しさかさまざまに想像させられる。
かがみ込み溝の腐葉土掻きやれば隣の卒塔婆埋もれてをりぬ
田中ミハル
情景が具体的に描かれ、無慚さや土の冷えが伝わる。
五角形の白木の板にぐりぐりと三歳が描くおにぎりふたつ
空色ぴりか
絵馬におにぎりを描く面白さ。擬音語も効いている。
少しずつ忘るることの増えしひと分けてくれたる秋明菊揺るる
吉田京子
認知症だろうか。案ずる思いを、静かな花の姿に重ねた。
スカイツリーを大根っぽく抜くだろう私がひまな巨人だったら
小松 岬
発想が大胆。大根の比喩により、リアルさが生じている。
走り出すタクシーの中で説明する官邸前での車の停めかた
春澄ちえ
何度か経験があるのだ。臨場感とスピード感がある。
アメリカの空母に燃ゆる核の火に炒らるるごとく首相がはねる
垣野俊一郎
トランプの横で跳びはねていたシーン。強大国に諂う態度への痛烈な皮肉がある。
花のほうから眼に飛びこんでくると言う友描きくれしバアソブの花
相馬好子
友人の言葉が印象的。バアソブという花の名も味わい深い。
しびといろに夫のなりゆくあかときを右目と口の少しくひらき
橋本恵美
即物的に死を詠み、衝撃が強く伝わってくる。「しびといろ」という言葉が忘れがたい。
父の骨を長崎の海に撒きたいと弟が言ふわたしの金で
森山緋紗
結句にシニカルな面白さがある。ドラマの一場面のよう。
目瞑りて無痛の海に聴こえくる右の奥歯の剝がされる音
岡村圭子
麻酔しているので痛みはないが、抜歯の音は聞こえるのだ。「無痛の海」が印象的な表現。
アメリカの抹茶ブームが理由とふ茶道部のお茶けふも届かず
野崎礼子
遠い国の影響が身近に及んでくる驚き。事実だけを簡潔に歌い、考えさせる一首になった。
その角がきつとその角めぐみさんの足が最後に踏みし日本
林 陶子
横田めぐみさんを詠む。「その角」の繰り返しに切迫感がある。下の句の事実に胸を打たれる。
分厚めの下巻に栞紐垂れる元気じゃないから気づけることも
月下菜乃子
下の句は確かにそうだと思わせる。体調が悪いとき、身近なものをふと眺めてしまう。
意外にも否といわずに写る妻温泉宿の顔はめパネル
作田善広
恥ずかしがると思ったのだ。妻の意外な面を知った歌。
瞑りつつ口紅、ライン挿され在り 棺といふは最後の額縁
水越和恵
棺は額縁なのだ、という独自の視線にハッとさせられた。
暁にナビには載らぬ土地へ行く街のはずれの猫の焼き場に
小林辛夷
カーナビにないことから、異界のように感じている。「暁」という時間にも、神秘性がある。
奇術師が鳩を出すごと百歳の母の口からプレゼンなる語が
佐藤裕扇
比喩が新鮮。確かにこんな言葉を聞いたらびっくりする。
同僚の契約解除を聞きながら傘を閉じずに行くアーケード
御影コトハ
驚きのため傘を閉じるのも忘れていたのか。動作が、複雑な心情を暗示している。
人間のせいで星には意味があり 人間のせいで星が見えない
設楽モシカ
人間は星座を生み出し意味を与え、街の明るさで星を見えなくしている。思索的な一首。