百葉箱2026年1月号 / 吉川 宏志
2026年1月号
このペンで書きし調書で何人かまた刑務所へ戻り行きけり
山﨑大樹
特殊な職業詠。自分の書く書類が、他人の人生を変えてしまうことへの慄きが伝わる。
図書館車を見つけて子等は駆けてくる車椅子の子を押す子も見えて
石井久美子
心に沁みる情景を、目に見えるように描写している。
山はけふ雨ですと言ふフロントへ鍵を返しつ さうですか雨
山縣みさを
旧仮名の話言葉に味わいがある。結句も独特だ。
二女ですと名乗れば救急隊員は吾を二女さんと呼びぬ、霧雨
佐藤涼子
呼び方に違和感を持ちつつ、今は救命が先だという臨場感がある。結句で外界が見えてくる。
高度下げ車輪が地球とぶつかりてはげしく軋む風の轟音
菊沢宏美
着陸の瞬間。「地球とぶつかり」にインパクトがある。
夕闇につなげなかつた君の手の、目をつぶつても橋が見えるよ
永山凌平
「橋」がつないだ手の象徴なのだろう。上句から下句への展開に、みずみずしい情感がある。
筆ペンの薄墨で描く秋夜景月のかたちに空塗り残す
則本篤男
墨を塗り残して月を描く。良い意味で古風な趣がある。
透析の指導室にいるぬいぐるみ腹に管挿し吾を見ている
大江裕子
透析の仕方を説明するためのぬいぐるみだろう。かわいらしいのでかえって痛ましい。
不機嫌を武器にする人 一年に三センチずつ月は遠のく
片山裕子
周囲を圧迫する人への批判。下の句のスケールが大きく面白い。少しでも逃げたいのだ。
DJが「また来月」と言うときはきっと自分に向かって言ってる
大八木靖子
DJの声に、自分を励ますような感じがあったのだろう。微妙な心理を捉えている。
大木に掴まり蝉のつもりの児お尻を母に持ち上げられて
服部範子
ほほえましい情景。下の句の観察眼が光っている。
蜜柑の実ぼとりと落ちて大声をなぜ暴力でないと思うの
吉村のぞみ
大声を出すことを悪いと思わない人への失望感。上の句も象徴的によく効いている。
壺形にくびれた闇に触れたのか五指をすぼめて縄文の子も
星 亜衣子
土器を見て、古代の子どもの好奇心を想像している。「すぼめて」で強い体感が生じている。
ばらばらと蕾はこぼれわたしたちかつては繋いだ手があったよね
鈴木智子
手を繋がなくなった夫婦だろうか。寂しさのにじむ歌。
生むことに力尽きたるめんどりの頸
中原きみ子
「頸を畳みつ」がリアルで、死の手ごたえが伝わる。
「タピオカのような感触」の山蛭を剥がす少女の日焼けした脛
亘 ゆり
山蛭も平気な少女の生命力。タピオカの比喩が生々しい。
さすよ、つて言へばこはがるをさなごに「かけるよ」と言ひかける目薬
小金森まき
言葉一つで子の反応は変わる。リアルな育児の歌だ。
義妹
塩畑光枝
姉と弟の関係の微妙なところを捉え、印象に残る一首。
背をむけてひとは壁の絵みてゐたり暗証番号うちをはるまで
不凍 港
暗証番号を見ないための気遣い。ゆったりとしたリズムで詠まれ、雰囲気のある歌になった。
河川沿いにくくくの文字があふれだしなんてことないカモメが飛んだ
吉井亜紀子
「くくく」がカモメの飛ぶ姿。「なんてことない」とつぶやく感じも面白いと思う。