二〇二五年の歌集をふりかえる / 吉川 宏志
2025年12月号
毎年の恒例であるが、今年の歌集の中から、心に残った歌を一首ずつ紹介していきたい。
トルコ文字書きてをるらむ売店に置き忘れたるあのボールペン
小林信也『翼端小翼』
トルコ旅行の思い出を詠む。愛用のボールペンを忘れてしまったが、今はトルコの売店の人が使っているだろうと夢想している。終わってしまった旅を惜しむ思いがにじむ。
きみは野の鳥ならねども足音のしづけき靴を選りて会ひにゆく
小原奈実『声影記』
野鳥は足音を立てると逃げてしまう。「きみ」が逃げることはないけれど、居なくなってしまう不安感は消えないのだろう。静かな靴をはいて逢うという下の句の展開が、とても繊細で、優美な味わいがある。
大国のホチキスがコザの地に深く刺しし針なり 基地のゲートは
屋良健一郎『KOZA』
沖縄のコザの近くには嘉手納基地がある。そのゲートは確かにホチキスの針の形をしている。土地に食い込み、抜くことができない痛みが迫ってくる。現在の沖縄に生きる苦悩が誠実に歌われており、ぜひ読んでほしい歌集である。
相ともに過ごす時間のさほどなきわれらと思ふ妻もおもはん
山中律雄『光圏』
重病になったひとの歌。つらい状況であるが、静かな調子で柔らかに歌うことにより、深い哀しみが伝わってくる。「思ふ」「おもはん」の繰り返しのリズムが心に沁みる。
夕つ陽が退きたる道にふとわれにかへつたやうな石ころが見ゆ
志垣澄幸『雁喰
夕陽に照らされていた石ころが、急に暗くなった様子を「ふとわれにかへつた」とたとえた表現に意外性があり、面白い。何でもない場面だが、言葉の光を当てることによって、新鮮な印象が生まれている。
水晶体を通るいづれの景物もひかりに過ぎず ひかり あなたも
上川涼子『水と自由』
目で見ているものは、すべて網膜がとらえた光にすぎない。リアルに感じている「あなた」も、はかない光なのだ、と歌う。一字あけを用いたリズムが効果的。言葉がとぎれることで、虚無感が強調されるのだ。
きみのゐしこともふしぎへかはりつつ山頂の平らのところにすみれ
渡辺松男『あぢさゐだつたらあぢさゐの中』
死後、何年か過ぎると、「きみ」がいた頃が夢まぼろしであったような気がしてくる。その思いの推移を、上の句で端的に捉えており、言葉が胸に静かに入ってくる。スミレの花に淡い陽の差す様子が目に浮かぶ。
地下の火のほそく立つ夜かロシア語に美
岩岡詩帆『蔦の抒べ方』
地下に避難しているウクライナの人々を思っているのだろう。ロシア語では「赤い」と「美しい」が同じ語だと聞いた。そうであれば、血の色や戦火の色をロシア兵はどう感じているのだろう。さまざまなことを考えさせる歌だ。「ロシア語に」の「に」の助詞もよく効いている。
釈迦に降りし雨はキリストよりおほしぽつんぽつんと頭
坂井修一『鷗外の甍』
シャカは温暖湿潤の地に、イエスは乾燥の地に生きたので、当然ではあるのだが、広大な空間性を感じさせるのがこの歌の魅力。下の句のゆったりとしたリズムが快い。
野に置けば野の椅子として待つでしょう わたしにどうぞおすわりなさい
村上きわみ『とてもしずかな心臓ふたつ』
早くに亡くなった口語歌人の遺歌集より。柔らかな話し言葉に、どこか哀感がこもる。自分の死後の野原を想像し、そこで会いましょう、といざなっているような歌である。
夏至近き陽は傾きぬ目を瞑ることもできねば写真のあなた
永田和宏『忘れ貝』
遺影の人の目が閉じることがないのは当たり前だが、そのことがかえって、永遠に生命が戻らないことを感じさせる。結句にぽつんと置かれた「あなた」が哀切に響く。
他にも引きたい歌はあるのだが、残念ながら紙幅が尽きた。