青蟬通信

ショーペンハウエルの笛 / 吉川 宏志

2025年9月号

 「歌壇」に連載中の小池光インタビュー「言葉とことばの出会い」を、楽しく読んでいる。ただ、論議をしてみたくなる箇所はある。八月号では、
  あやしみて人はおもふな年老としおいしシヨオペンハウエルふえ吹きしかど
                             『白桃』昭和九年作 
について、
「趣味としてフルートを吹いていて、年とって笛を吹いても不思議ではないように読めるけれど、ショーペンハウエルにフルートを吹いたという記録は一切ないらしい。だから茂吉が作った歌なんだ。仮にショーペンハウエルが笛を吹いたとしても、あやしみて人は思うなという歌なんだよ。それを、例え何々してもというのを取っちゃって、笛を吹いたことにしてしまう茂吉一流の強引さの歌になっているわけで、だからこれは証拠がないらしい。」
と述べている。
 佐藤佐太郎は『茂吉秀歌』で、
「(略)ショオペンハウエルは晩年にヴェネチアあたりにいてフルートをふいたりしていたということが伝記に出ている。(略)厭世哲学をとなえた哲人が老境になって、のんきそうに笛を吹いたりしたが、人生は複雑ではかり知れないという、感想が奥の方に潜んでいるのだろう。」
と解説しており、「フルートを吹いた記録は一切ない」ことはなさそうだ。佐太郎の評は適確であるが、「あやしみて人はおもふな」という強い口調がなぜ生じてきたのかを、十分に説明できていないように思われる。
 数年前、ニーチェの『善悪の彼岸』(光文社古典新訳文庫)を読んでいて、ハッとした箇所があった。
「(略)ショーペンハウアーはほんらい、、、、はペシミストでありながらも、――じつは毎日食後にフルートを吹いていた人物であることを思いだすかもしれない。疑うなら、彼の伝記をお読みいただきたい。ついでながら尋ねたいのだが、神を否定し、世界を否定する者でありながら、しかも道徳の前で歩みをとめて、、、、、、、――道徳を肯定し、そしてフルートを吹き、〈誰も害することなく〉という道徳を肯定するというのだ。何だって? こんな人物がそもそも――ペシミストなのだろうか?」(中山元・訳)
 やや分かりにくいかもしれないが、簡単に言えば、ペシミスト(悲観主義者)のショーペンハウエルが、フルートを吹くことを楽しみにしていたのはおかしいではないか、とニーチェは批判しているのである。
 茂吉は、おそらくこの部分を踏まえて歌っている。「あやしみて人はおもふな」とは、ニーチェのような考え方をする人に反駁しているのだろう。世界に絶望している人間でも、ささやかな趣味によって心を慰められることはあるのだ。日常の小さな喜びを軽侮してはならない。茂吉にはそんな思いがあった。短歌を作ることによって、心を救われるのも、それに似たことなのではないか。
 博覧強記の塚本邦雄の『茂吉秀歌』も、教養に満ちた玉城徹の『茂吉の方法』も、この歌とニーチェとの関係を指摘していない。佐太郎も塚本も玉城も気づかなかったことを、たまたまだが発見したことに、私もささやかな喜びを味わったのだった。
 茂吉は実際に『善悪の彼岸』を読んでいたのだろうか。それも調べておく必要があるだろう。昭和九年一月十五日の茂吉の日記に、
「床ニ入リテカラ、ニーチエヲ読ム。文ハ明快ナリ。快シ。」
とあるが、『善悪の彼岸』とは断定できない。ただ、当時の茂吉がニーチェを好んでいたのは確かである。また、
  われ等にありては「写生」彼にありては「意志の放出」「写生」の語は
                          『寒雲』(昭和十四年作)
という歌もある。これはたぶん、
「何よりも生きているものはすべて、自分の力を放出しよう、、、、、とするものである。生そのものが力への意志なのだ――。」(『善悪の彼岸』)
という一節から取られているのであろう。ニーチェの「意志の放出」よりも、アララギの「写生」という語のほうが優れている、という自尊心に溢れた歌なのであった。
 茂吉にとってニーチェは、親近感を持ちつつ、異論も言いたくなるような刺激的な存在だったのである。

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