青蟬通信

現在の沖縄の歌を読む / 吉川 宏志

2026年1月号

 昨年の十一月に、那覇で戦後八〇年企画「沖縄と短歌――うたが伝えるもの――」という会が開かれ、私も発言させていただいた。その内容をここにまとめておきたい。
 沖縄戦の資料館を訪ねたり、基地反対の現場に行ったりすると、自分が全く知らなかった事実を教えてもらって、恥ずかしい気持ちになることがある。ときには、そんなことも知らずに沖縄に来たのですか、というような表情をされて(実際に言葉として言われたことは少ないが)、傷ついてしまうこともある。
 ただそれは、沖縄に住んでいる人もしばしば経験することなのだろう。
  伊江島の土地の接収は復帰後もありと聞くとき蒼く呼ぶ海
                        名嘉真なかま恵美子『別れと知らず』
 伊江島は、住民の半分が戦死するという悲劇に巻き込まれた。そして戦後は、米軍により住民の土地が奪われていった。一九七二年に沖縄は返還されるが、日本に主権が移った後も、「土地の接収」は起きていたらしい。それを聞いたとき、作者は今まで自分が知らなかったことにショックを受けたのだろう。島の海は青く美しいが、美しいゆえに逆に、人間の歴史のむごさが強く迫ってくるように感じられる。
  無知こそが無傷の秘訣たる島にわれは戦もアメリカゆーも知らず
                           屋良健一郎『KOZA』
という歌は、沖縄の状況を端的にとらえている。「戦もアメリカ世も」とは、沖縄戦もアメリカの占領期も、という意味。過去に起きた悲惨な出来事を知れば知るほど、心が傷ついてしまう。それならばいっそ知らないほうが気楽に生きていける。もちろん屋良自身は沖縄の歴史に詳しい人であり、知ることの苦しみを吐露した歌だといえるだろう。
 沖縄の米軍基地の問題もそうで、沖縄以外に住んでいると、その深刻さをほとんど知らずに済む。だが、そのような「無傷」の状態で生きていていいのか、という問いを忘れてはいけないと思う。
  ここがその「土人」発言の金網と捩りて登る木々など摑み
                      玉城洋子『炎昼マフックワ――辺野古叙事詩』
 沖縄の高江の米軍ヘリパッド建設に反対する人々に対し、警備していた大阪の機動隊員が、「土人」と差別発言をした事件があった(二〇一六年)。当時は厳しい批判の声が上がったが、今では、沖縄県外の人は忘却しているかもしれない。
 だが、そうであるからこそ、短歌の中で、差別発言があったことを記録することが重要なのだ。
 そしてこの歌では、木をつかんで金網をよじ登る、という行為に、強い怒りが込められている。社会詠でも身体性が大切であり、作者の感情は、皮膚に響くような表現によって、他者に強く伝わっていくのである。
  年寄りが辺野古ゲートに集いおり死者も吾等の背を支えよ
                             當間實光とうまじっこう『辺戸岬』
 これも心に残っている歌で、「死者」には自分の身近な死者のほかに、沖縄戦の死者も含まれているのだろう。「吾等の背を支えよ」にもやはり身体を通した切実な思いがある。そして高齢者が反対運動の中心になっている現状に、不安も感じている。
 若い世代の沖縄の歌では、次のような作品に注目した。
  春風に掃き寄せられたあとのようGoogleマップに嘉手納の街は
                         平安ひらやすまだら「パキパキの海」
 スマホで見ると確かにこの通りで、広大な基地の内部は地図に描かれず、その周囲の家などがこまごまと描かれている。小さな物が掃き寄せられたように見えるのである。
 従来の歌のように社会的な主張をはっきりと打ち出すのではなく、むしろ表現に面白さが加わっている感じがする。こうした歌い方に対する拒否感も一部ではあるようだ。
 だが私は、このような歌も重要なのではないかと考えている。昨年秋、『宝島』という映画が上映された。アメリカに占領された時代の沖縄の苦しみを描いているのだが、映画としてのスリリングな面白さも十分に備えている。同様に、短歌の表現の面白さと、鋭い社会性は両立するのではないか。多様な作風が存在することが大切なのである。

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