百葉箱

百葉箱2016年7月号 / 吉川 宏志

2016年7月号

  下げられぬ頭だけれど正面に花輪を国務長官が置く
                          黒木孝子 
 ケリー国務長官が、広島を訪問したことを詠む。オバマ大統領のほうが注目されたが、これも歌として残しておきたい一場面である。謝罪はしないのだが、どこかに人間性を感じて、「だけれど」に、複雑な思いを込めている。「まっすぐになるまで花輪を置き直すその手は真実だと思いたい」も、陰影の深い歌。
 
  慰霊碑前に佇つおふたりの映る時今でも君はぷつんと消すや
                              石川えりか 
 「おふたり」は天皇と皇后を表しているのだろう。天皇に対して強い怒りを抱き、すぐにテレビを消していた「君」を、作者は思い出す。今でも許せないのだろうか、と。これも、戦後の奥深い感情があらわれている歌で、読者の心に静かな波紋を広げてゆく。
 
  「おじさんがアコーディオン鳴らしながら曲がった角を同じく右折」
                                  多田なの
 なんとも奇妙だが、おもしろい歌である。鍵カッコがあるので、誰かに道を教えている場面と読んだ。右折をしたら、そこには異次元の世界が待っているような雰囲気がある。二句目・三句目のリズムが変わっているが、効果的なのか、どうか。読者により、判断が分かれるだろう。
 
  弟の墓地はビルの中義妹(いもうと)がカードかざせば墓の現る
                             増田芙蓉子 
 いかにも現代的な死後の風景。「カードかざせば墓の現る」という、ぶっきらぼうな下の句に、異様な迫力がある。
 
  蔵王堂の柱となりし梨の木の諦念ひたりと指に伝わる
                           山田恵子 
 伐られた後も、ずっと木材として在り続けなければならない。そんな木の悲しみを、作者は想像し、指で体感している。「梨の木」がとてもよく、他の木ではこの味わいは生まれなかっただろう。

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