短歌時評

再び文語口語 / 川本 千栄

2012年2月号

 二〇一一年十二月十日、アークホテル京都で現代歌人集会の秋季大会があった。講演者は『万葉集の発明』『斎藤茂吉』の著者で東京大学教授の品田悦一氏。
 演題は〈「ありのまま」の底力―ヤスパース、ゴッホ、斎藤茂吉〉である。品田の講演は、明快な論理と平明な言葉遣いで、一見難解な内容を噛み砕いて丁寧に説き明かしてくれた。何より本人のエネルギッシュな熱弁にぐいぐい引き込まれて、深くうなずいたり笑ったり、あっという間の九〇分であった。

 この講演を聴いて最も考えさせられたのは講演の最初に置かれた「異化の歌集『赤光』」という個所である。品田は茂吉の『赤光』には万葉語と非万葉語の衝突があり、それによって現実がいつもと違う風貌を帯びてくる、当たり前のことが当たり前に見えなくなってくる、と述べた。つまり茂吉の『赤光』の成功は万葉語と非万葉語の混在にある、というのである。

  めん鶏(どり)ら砂あび居(ゐ)たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は
  過ぎ行きにけり

 品田は、有名なこの歌において、「めん鶏」の撥音、「ひつそりと」の促音などが万葉時代にはないこと、「ひつそりと」は現代の俗語であること等を指摘した上で、それら現代語と「砂あび居たれ」のデフォルメされた万葉の語法との衝突の効果を述べた。
 賛否両論あろうが、茂吉短歌の魅力は古語である万葉語と、非万葉語である当時の日常語とのミックス文体に多くを負っているという説は心に留めておいていいだろう。

 この講演と前後して、角川「短歌年鑑」平成二十四年版で、川野里子の〈むしろ「語られぬ文語」の問題として〉を読んだ。

 茂吉や迢空の文語を他の歌人が使うことは難しい。(…)茂吉の文語に頻出する「なりけり」「けるかも」など粘度濃く重ねられ、繰り返される助動詞。時にはグロテスクでさえあるアナクロで重厚な文語の調べは、茂吉による「新しい文語」であった。茂吉が万葉集を学んだことによって、万葉集の文語を「復元」したわけではない。

 川野の説では、文語というのは自然にあるものではなく、個々の歌人が作り出したものだということだ。茂吉の文語は古語と当時の言語のミックス語で、茂吉固有のものだというのである。これは品田の主張とも通じる。

 一般に短歌を語るときによく言われる、「短歌は文語定型で作るべし」という言葉だが、それを言う人は文語のお手本として誰を挙げるのだろうか。例えば茂吉にしてもこのように「ミックス語」を使っているのである。それは他の歌人も同様で、近代歌人はみな、古語と当時の言語のミックス語を使っていたのだと言っていいだろう。

 それは現代の私たちにも当てはまる。私たちは現代語と古語のミックス語を「文語」と思って使っている。短歌を学ぶ時、助詞・助動詞についての勉強の必要性が言われるが、結局、古語と現代の「文語」の共通点がそれぐらいだからではないか。

 万葉語にしろ平安語にしろ過去の時代の言葉だけで文を作ることは不可能だ。文語とは常に現代語と古語のミックスでしかなくて、規範になる純粋な「文語」がどこかに存在するのではない。そう考えれば最近よく言われる「短歌の口語化」の問題は、問題自体が存在しなくなるかも知れない。現在の短歌に「文語口語のミックス文体が多い」という問題も、文語自体が既にミックス語なのだという観点に立てば、その延長線上にあるに過ぎない。

 問題は「文語口語」という枠組みにあるのではなく、個々の歌人がどのような文体を選び、作り出すかにあるのだと私は思う。

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