短歌時評

わかりやすい言葉 / 竹内 亮

2026年8月号

 友人がNHKの「やさしいことばニュース」というラジオ番組を教えてくれた。
 やさしいことばニュースは普通のニュースに比べて簡単な語彙で、アナウンサーはニュース原稿をゆっくり読む。少し絵本の読み聞かせのようである。
 平日に5分ずつのラジオ放送と記事を載せたサイトがある。サイトではすべての漢字にルビが付されている。
 たとえば、7月13日の「九州南部が梅雨明け」というニュース。NHKの普通の方のニュースサイトの記事では「気象庁は午前11時、『九州南部が梅雨明けしたとみられる』と発表しました」と出ている。
 これでも特に難しくはないようにおもえるけれど、同じ記事がやさしいことばニュースのサイトでは「気象庁は13日、『九州南部で梅雨が終わったようだ』と言いました」となっていた。
 気象庁の発表を伝える短い一文だけれど、NHKは、「梅雨明け」という名詞は難しいと考え「梅雨が終わる」と分解し、「みられる」という言葉を「ようだ」に、「発表する」を「言う」に言い換えている。あらためて考えるとニュースでとてもよく使われる「みられる」というのはわかりにくい言葉である。
 別のニュースでも、7月7日のリニア中央新幹線の工事の記事で「静岡県とJR東海が自然環境保全協定を締結する」を「山や川など自然を守るために、ルールを一緒に決める」のように大きく言い換えている。
・「九州南部が梅雨明けしたとみられる」と発表しました。

・「九州南部で梅雨が終わったようだ」と言いました。
を、NHKは同じ内容であると考えているのだろう。内容が変わってしまってはニュースとして成立しないからである。
 しかし、これが短歌だったら、両者の印象は異なるような気がする。「梅雨明け」と「梅雨が終わる」のイメージには小さくない差異があるからだ。
 わたしたちが短歌をつくることは、ニュースでは同じ意味とされる「梅雨明け」と「梅雨が終わる」の違いを使い分けることなのだとおもう。実際の歌で見てみると(『角川現代短歌集成』から探した)、
  大男が梅雨明けちかき街に来てそらの滑車をまはしはじめる
                         永井陽子『ふしぎな楽器』
  海亀の産卵ありて月の夜九十九里浜の梅雨も終らむ
                         川口城司『波心』

の永井の歌では、梅雨が明けるときに大男が滑車を回し始めるという梅雨の後のことに焦点が当たり、他方で、川口の歌では、梅雨の最後に海亀が産卵するとして梅雨の側に焦点が当たっている。
 同じように「みられる」と「ようだ」も、「発表する」と「言う」もニュースとしては同じ意味といえるとして、もし短歌に使うならば小さくない差異をもたらすだろう。
 ラジオでやさしいことばニュースを聴くと、正確な事実をやさしく伝えようとするとき、本当のことは何なのかを考えさせられる。気象庁のいう「梅雨明け」とは何か。「みられる」「発表」とは何か。そして静岡県とJRの「協定」とは何なのか。
 これは社会詠には直接つながるものだろう。社会詠は、ニュースで読まれる言葉を考え抜くものだからである。
 しかし、「梅雨明け」と「梅雨が終わる」の差異を考え抜くことは、気象庁を離れれば自然詠の問題である。
 やさしいことばニュースが簡単にするためにやむを得ずする言い換えが、言葉の差異を浮かび上がらせているとおもう。

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