青蟬通信

作歌のポイント / 吉川 宏志

2026年8月号

 福岡市の赤煉瓦歌会で、今年の三月に刊行された川述陽子さんの歌集『時計草』を例にしながら、短歌や連作の作り方について話をした。以下はその概要である。
①他者の言葉を記録する
  六月の蒸し暑さには空襲の臭いがすると義母の語りぬ

 死臭や焼け焦げた臭いが、じめじめした日には蘇ってくるのだろうか。戦後生まれには感じられないが、戦争体験者だけに分かる幻の臭いなのだろう。義母の言葉を書き留めただけだが、強く迫ってくる歌である。
  「畳ひとつ四人がかりでやっとだよ」声の重たし被災地の叔父
 水害の様子を電話で聞いている場面だろう。水を吸った畳は重く、運ぶのに四人の力が必要だったのである。この歌も、印象的な言葉を捉えることにより、被災地の状態がリアルに伝わってくる。
 会話の中の言葉は、記録しないとすぐに消えてしまう。心に残った他者の言葉を保存するのも、短歌の一つの大きな役割であろう。
②細部に注目する
  植え込みにそっと置かれた水筒は交通整理の主見守る

 交通整理をしている人が、水分補給のための水筒を、道路の植栽の中に置いているのだろう。普通の人は気づかない物に注目している。暑い中で苦しい仕事をしている人を思いやる眼差しが感じられる。
  十三年いっしょに歳を重ねたね犬の睫毛の白くなりゆく
 長く一緒に暮らしてきた愛犬であるからこそ、老いて睫毛が白くなったことに気づくのだ。
 細部を見つめる表現によって、いかに相手に関心や愛情を持っているのかが伝わってくる。
③大きな風景を捉える
  麦なでて北へと過ぎる風に乗り川面の鴨ら見えなくなりぬ
  太古には一帯すべて海なりし糸島平野に麦の波立つ

 ただ、細かい歌だけでなく、大きな風景を描いた歌を作ることも大切である。広大な空間を短歌で詠むのは難しいが、絵画や映像の構図も参考にするとよいと思う。ゆったりとしたリズムで大きな自然を歌うことは、自分を解放することにもつながるのではないか。また、自分が住んでいる土地への思いを表現することは、歌集の個性になってゆく。『時計草』の場合は、糸島に寄せる思いが、くっきりとした印象を生み出している。
④発想の新鮮さ
  停泊の漁船に光の網揺れる波は小さく二拍子を打つ
  どんな夢みてるのだろうフフフフと犬語の寝言小さく聞こゆ

 他の人にはない意外な発想の歌は、やはり重要である。一首目の波が「二拍子を打つ」、二首目の「犬語の寝言」はとても面白い。奇を衒いすぎるのもよくないが、常識を超えるような、独自の表現を探求することも必要なのではないか。
⑤連作・ストーリー性
  いずれ来る介護のために運転の免許に挑んだ四十の頃
  合格を牛乳かかげた乾杯でクラスの子らに祝ってもらいき
  亡き母の荷物を積んで運ぶのが吾の車の最後の仕事

 親の介護のために自動車免許を取り、車で施設への送り迎えをして、母の死後に免許を返納する、というストーリーの連作に入っている歌である。二首目は、この歌だけでは分かりにくいが、小学校で教えている児童に、免許取得を祝ってもらったシーンであることが、前後の歌で分かる。このように、連作の中だからこそ成立する歌があってもいい。
 四十代から免許返納までの三十年ほどの長い時間が、数首の歌が並ぶことによって、凝縮された形で浮かび上がってくる。これこそが、短歌の連作の不思議な面白さと言っていいのではないか。
 こうした人生的なストーリーを歌集の中に持ち込むことを好まない歌人もいる。そこには、自己愛的に物語化することへの危惧が含まれている。ただ、こうした連作が、歌集に時間的な厚みをもたらすことも事実である。歌集を編むときには、自己の人生をどのように捉えるのか、という深い認識が問われることになる。

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