百葉箱

百葉箱2026年7月号 / 吉川 宏志

2026年7月号

  青梗菜の根元を落とす 切り口に感じた薔薇を捨ててしまひぬ
                              千葉優作

 たしかに切り口が薔薇の花の形に似て見えるときがある。意外性の高い瞬間の美を捉えた。
 
  父方と母方の家の石臼は玄関に並んでいた山の春
                        吉口枝里

 両家から受け継ぎ、もう使わない石臼。郷愁のある景だ。
 
  がり版で生徒の作文を刷りし日々鉄筆の音耳鳴りに似る
                           高松恵美子

 ガリ版も使われなくなった。若い頃に聞いた音を、耳鳴りから思い出す。懐かしい寂しさ。
 
  昨夜きぞわれが書きし祝辞を読む人のよく動く口を見上げてゐたり
                             佐藤涼子

 「見上げて」という位置関係に、屈折した思いが滲む。
 
  参加者は白人ばかりと姉は言ふ 逮捕されるリスク少なき 
                            向井和子

 姉は米国に住む。黒人はデモに参加するのも危険なのだ。字足らずに躓くような感じがある。
 
  まざまざと生存率の映されて「消して」とポツリ テレビを消しぬ
                                谷口公一

 病む人と共に暮らす心の辛さが、余韻深く歌われている。
 
  春の菜のあくをしっかり茹でこぼす大人になってそこそこ長い
                              といじま

 不安定な年齢感覚が、独特の軽みで表現され、実感がある。
 
  プラカードは顔を隠せることを知る小雨の夜に月は見えない
                             吉村のぞみ

 顔を撮影され、拡散されるリスクに耐えつつデモに参加している。現場で摑んだ感覚がある。
 
  朝早く乗り込むバスの右ひだり高さたがへて空席のあり
                           浅野 馨

 車輪のための高低差。小さな気づきを歌い、空間性がある。
 
  あなたより届く気配が薄まりて水仙は縁より黄ばみゆく
                           石井しい

 相手との距離を感じているのだろう。下の句の描写が丁寧で、歌にリアルさを与えている。
 
  蛍光灯の心内語めく音を聞きつつ白梅の文様を彫る
                         山崎杜人

 職人の現場が歌われ、情趣が豊か。上の句の比喩も独自性がある。呟くような雑音なのだろう。
 
  あし、あしとつぶやき医師は別室に探しにゆけり足の模型を
                             綺瀬ゆり

 面白い場面をリズミカルに捉え、臨場感がある。
 
  写りたる捜索チラシの書初めは孫のと同じ「新しい風」
                           鴻野節子

 テレビだろう。細部のため身近に迫って感じられたのだ。
 
  尿もれが無かりし今日は良いだとひそかに己を撫ぜて生くる日
                               仁科美保

 自分で、衰えた自分の身をいたわっている。切実な歌。
 
  青い海。白い砂浜。どこまでも記号化される島だ。沖縄
                           久保まり子

 記号化され、沖縄の厳しい現実は見えにくくなるのだ。
 
  「しゅうまつど」まで打つたとき簡単に予測されたる終末時計
                              小金森まき

 AIに先を読まれ、支配される不気味さを歌う。終末を予測しているかもしれない恐ろしさ。
 
  髪型に式の名残りをあふれさせ子どもは春を通過してゆく
                            雲井ひるね

 入学式などの髪型が残っているのだ。観察眼がユニーク。結句にも表現の工夫がある。
 
  いっせいに真紅の鳥は飛びたってきみを仕留めき肺を襲いて
                             海野久美

 肺の出血で亡くなったか。象徴的に美的に歌うことで、かえって痛切な思いが伝わってくる。
 
  ピシピシと地を打つ縄の撓む朝回を数へる子の小さき口
                           河上久子

 口に焦点を当て、縄跳びの様子をリアルに描いている。
 
  「死」は回転寿司のように回ってる 赤紙で飛行機を折る夏
                             小西弘晃

 日常生活を、死や戦争が侵蝕してくるイメージを表現している。映像的な鮮烈さがある。

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