百葉箱

百葉箱2026年5月号 / 吉川 宏志

2026年5月号

  巻きスカートゆるりと巻けば子がお腹にゐたころ流行り廃れたること
                                 松原あけみ

 懐妊中の身体感覚が、巻きスカートを通して蘇る。社会と個人に流れた時間を感じさせる。
 
  きゃっきゃっと鳩追い回す孫たちはイジメの楽しさ知りかけている
                                王生令子

 いじめが無くならない理由を思い、不安に襲われる。
 
  たくさんの人に踏まれる十字路に丈夫に育てと胞衣えな埋めし父
                             小山美保子

 自分の成長を願い、不思議な風習を行った父への感謝。
 
  をさな子に倣ひて十まで数へをり湯舟に眠つてしまはぬやうに  
                              今井早苗

 風呂の事故の防止のため。「倣ひて」がほほえましい。
 
  瓶缶を回収してゆくトラックが遠目にありしが眼前に来る
                            徳重龍弥

 下句の視覚的表現が、時間のリアルさを生み出している。
 
  軋みだす滑車のごとき痛みあり雪のひかりを呑む眼球に
                           田村穂隆

 雪の光の目に沁みるまぶしさを印象的な比喩で捉えた。「呑む」という動詞が効いている。
 
  鎌を研ぎ蹄を削る蹴り癖の馬も静かに身をまかせくる
                          黒瀬圭子

 馬の世話という珍しい体験を詠む。下句が味わい深い。
 
  背を使い下から上へと動かして黒から白へとごぼうを変える
                             和田かな子

 ゴボウの皮を削いでいる場面。表現の工夫により、体感や色彩感のある面白い歌になった。
 
  一睡もできなかつたと思ひしがうつすらと夢のあしあとありぬ
                              越智ひとみ

 少しだけ眠っていたことに後で気づいたときの不思議な感覚。「夢のあしあと」が美しい。
 
  ある程度広さあらねばつぶれてく漢字のあってひともあるはず
                              星 亜衣子

 画数の多い漢字はマスが小さいと潰れる。結句で、人間も同じだと歌い、考えさせられる。
 
  しばらくは瓦の形に春の雪やがて平らになりて積もらむ
                           森住昌弘

 情景を丁寧に描写しており、時間の流れを感じさせる。
 
  暖房のなき仏間より取り出した蜜柑の冷たさ口に広がる
                           白澤真史

 仏間の冷えを描き、家の空間性が伝わってくる面白さ。
 
  「べらぼう」の最終回まで見届けて二回で逝きし父に伝える
                             長田尚子

 最後まで一緒に見たかった思い。「二回」が哀切である。
 
  太く濃く鏡にうつるアイライン弱視の君に逢いにゆく朝
                           藤森さと子

 弱視の人に自分の目がよく見えるよう、気を配っている。人間関係の機微が心に残る一首。
 
  「ちいちゃんのかげおくり」を読むアフリカの空を知る子と声をそろへて
                                  染川ゆり

 あまんきみこの戦争を描いた童話。アフリカの戦死者の「かげ」も思いつつ朗読している。
 
  眼球の乾きに垂らすひとしづく花を一度も見なかつた日の
                            近藤由宇

 リズムが澄明で、不在の「花」の美しさが印象に残る。
 
  「赤ちゃんは産まないつもり」子が見せる部屋数少なき家の間取り図
                                 小谷 梅

 多様な人生があると知りつつ、親としては寂しさも覚える。下句の具体性で静謐な歌になった。
 
  点訳に縮こまりたるこの身体初めて使ひぬ子の按摩券
                          峰 はるか

 点訳をするという場面に味わいがある。子に初めて助けてもらうときには嬉しさもあろう。
 
  あたたかい政治を皆へ あたたかいにもwarmにも「たたかいw a r」はあり
                                 深影コトハ

 言葉遊びの歌だが、完成度が高く、皮肉が効いている。
 
  時刻表、るるぶ、拡大鏡、帽子 棺に積んで祖父は旅する
                            井上佳菜

 旅好きの祖父の遺品を棺に入れる場面だが、「積んで」と詠むことで歌の世界が広がった。

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