植物を通したコミュニケーション / 吉川 宏志
2026年5月号
昨年の晩秋に刊行された川本千栄さんの『土屋文明の百首』(ふらんす堂)は、百歳になるまで歌い続けた歌人の軌跡を、コンパクトな形で読み味わうことができ、意義深い一冊となっている。
次の歌は、歌集の中で読んだはずだが、すっかり見落としていた。川本さんの解説を読み、目を開かれるような感じがした。
橙の年を越えたる一つ実を囲む青実も色づきそめつ
『続々青南集』(一九七三年)
橙(ダイダイ)の昨年の大きな実が、黄色く実っている。そのまわりには今年の青い実が何個もできていて、黄色くなりはじめているのだろう。
情景を想像すると、黄色と緑色の対比が鮮やかで、植物の中に流れている時間も感じさせ、味わいのある一首だと思う。
ただ、橙の実の様子を知らないと、なかなかイメージしにくい歌で、私のような植物にあまり詳しくない者は、つい読み飛ばしてしまう歌だろうなとも感じる。だからこそ、短歌鑑賞の本の中で、地味な作品をしっかりと取り上げることが大切なのだ。
土屋文明の『新編 短歌入門』(角川文庫)に、忘れがたい一節がある。作者はアマチュアの歌人らしいが、
朝毎に見る茱萸の花のさびしきを語らむとして忘れ過しつ
という歌を、文明はこう評価する。
「茱萸の花のさびしい様子を注意するというのも、すでにこの作者の心持ちの細かさを知ることができるので、あの見栄
グミの赤い実はよく目立つが、花を知っている人は少ないだろう。私も注意して見た記憶がない。白くて、枝から吊り下がるように咲くようだ。
大衆があまり関心を持たない植物をよく見る、という姿勢そのものに、その人の生き方の繊細さがあらわれるのだ、という信念が、土屋文明にはあった。そして、植物の歌を互いに読み合うことによって、心がつながっていくのだ、という思いもあった。
何ひとの賜物なりや多く忘れ花咲けば花にただよりてゆく
『青南後集以後』(一九九一年)
川本さんは次のように書いている。
「植物好きの文明のために、多くの知人が草木を贈ったり、家の庭まで植えに来たりしていた。文明は長年、誰々が何々の草木をくれたと細かく歌にしてきたが、その人々は皆、先に逝ってしまった。人は亡くても、花はまた咲く。これは誰がくれた木だったか、と放心した面持ちで、咲く花に近づいて行く老人。」
場面がよく分かる解説である。「家の庭まで植えに来た」というところに驚かされるが、まさに植物と短歌を媒介にしたコミュニケーションが成立していたと言っていいだろう。
私が「塔」に入った頃も、植物に詳しい先輩が多かった。花の名を教えてもらい、自分でも植物図鑑を買って覚えようとしたことを思い出す。
しかし、植物を歌に詠む慣習は、この数十年ですっかり弱まってしまった。歌に詠んでも、植物について知らない人が増えたので、なかなか理解されない。スマホで調べれば画像は出てくるが、やはり実際に見た人でないと、花が咲いている場所の雰囲気などは分からないのである。
最近、「花韮
しかし知らない人にとっては、白い花だという色彩感覚は重要になってくる。短歌では言葉を省略することが大事なのだが、読者の知識の有無は、省略ができるかどうか、という問題にも深く関わってくる。
古典和歌では、梅や桜や山吹といった特定の花しか歌われなかった。近代の歌人たちは、短歌革新の一つとして、多彩な植物を歌ってきた。しかし時代が逆戻りして、再び特定の花しか歌われなくなっている。紫陽花や向日葵や薔薇など、古典和歌よりも多少は増えているが。
だが、土屋文明たちが切り拓いてきた植物の歌の豊饒さが消えてゆくのは、非常に惜しく思われるのだ。