高校生に向けて話したこと / 吉川 宏志
2023年1月号
昨年の十一月に、第一回鹿児島県高校生短歌大賞の授賞式で講演をした。高校生にどんな話をすればいいのか、とても悩んだのだが、その一部分を以下に記しておくことにする。
志望書は白紙のままであの夏の海までつながる砂浜のよう
坂田 桃
ファミレスで迷わず選ぶデザートのごとくはいかぬ進路決定
中山 陽
広島県の三次市で、学生の短歌を募集していて、私は選歌をしているのですが、そこで出会った歌です。比喩がとてもおもしろいですね。志望校を書く用紙がなかなか書けず、それを見ているうちに、白い砂浜を思い出したと歌っている。二首目は、デザートだったらすぐ選べるのに、自分の進路を決めるのは難しいなあと嘆いている。共感する人も多い歌ではないでしょうか。
このように、思いをやや長い比喩で表現した歌が、高校生の作にも見られることを興味深く思います。これは、古くから存在する、和歌の表現の型なのです。
世の中を何にたとへむ朝開き漕
沙弥満誓
第三句以下がすべて比喩ですね。つまり私たちは、知らず知らずのうちに、和歌の伝統を受け継いでいるわけです。
朝の港から漕ぎ出す船は航跡を曳いていますが、やがて消えていきます。そんなふうに、世の中はじつに虚しいものだよ、と歌っている。
内容としては、非常に虚無的だと言えるでしょう。どんなに努力したとしても、人間はいつか死に、忘れられてしまう。そう考えると、生きることの価値が疑わしくなります。
でも、歌に詠まれた情景を思い浮かべると、意外に明るい感じがします。朝の海ですから、波も輝いている。人生のはかなさを歌っているけれど、歌から見えてくるイメージには光が感じられ、一抹の希望もあるように思います。
このように、比喩には、固定しているかのように見える現実を、言葉によって変えてゆく力があるのではないでしょうか。
志望書が書けない、進路が決められない、というのは、焦ってしまう苦しい状況です。それでも、「海までつながる砂浜」や「ファミレスで迷わず選ぶデザート」という比喩を用いることで、現実が別の角度から照らし出されます。おそらく作者は、このように歌うことで、何か新しい力を得られたのではないでしょうか。自分が見ている世界がすべてではなく、異なる世界のイメージが、言葉を転換することによって浮かび上がってくる。そういうふうに言ってみてもいいでしょう。
人の名を覚えられぬと嘆く春忘れられぬと嘆くのは冬
後藤詩愛
これもとても感銘を受けた歌でした。春はクラスが変わって、名前が覚えられないんですね。しかし卒業前になると、別れてしまうのがつらくてたまらない。高校生の一年を、短い言葉で、適確にとらえている歌です。リズムもとても良い。
こうした他人の歌を読むことによっても、世界の見え方は変わっていきますね。文学を読むことの重要さは、自分とは違う他人の眼差しに触れて、驚きを感じ取るということにあると思います。
微笑んだ僅かに見える祖母の歯はもう二度と磨かれはしない
泉川 晶
この歌にも衝撃を受けました。亡くなった後は、歯を磨くことはない。当たり前のことなのですが、こうして表現されると、圧倒的な力で、人の死が迫ってきます。祖母を失ったときの作者のショックが、なまなましく伝わってきます。つらいとき、悲しいときほど、周囲をしっかりと観察することが大事です。よく見ることによって乗り越えられるものは、人生の中では意外に多いんです。
言葉によって世界の見方を変える。そして、他人の作品から、新しい世界の見方を知る。そんな相互関係は、短歌だけではなく、高校生の皆さんがこれから生きていく上でも、とても大切になっていくと思います。